販売者に会いにゆく (旧・今月の人)

かつさん

少しずつでも売れていったらと今は楽しみ。目標はあくまでも路上脱出。

かつさん

ビッグイシューの事務所にたどり着いたきっかけは、ビッグイシューの一人の販売者が買ってくれた1枚の切符。4月から兵庫のJR尼崎駅担当の販売者となった、かつさん(55歳)はそう振り返る。

「神戸で路上生活を始めて数ヶ月、炊き出しに並ぶのにも躊躇していた時だった。昼食ほしさに朝から並んで、夕食のためにまた並んで1日が終わる。「これに甘んじちゃいけない、自分は100%ホームレスじゃない、っていう気持ちをどこかに持っていたんです。同じ場所で寝泊まりしているグループからも離れて過ごすようにして。そんな時に、雑誌を持って売っている人を目にして『それって売れますか。生活できますか?』と聞いたら、その人は、『なんとか食べていくことはできるよ。事務所は大阪にあるから、販売をするなら今から行っといで』と、大阪までの切符をその場で買ってくれました。僕はすぐに電車に乗ったんです」

そうして、尼崎での販売が始まった。朝の8時半から午後6時半、日によっては夕方の7時半まで販売時間を延長することもある。開始当初は一桁しか売れない日が続き、時には0冊などという日もあった。
「もう辞める! と思った時も、何回もあります。でも、一人で販売をして自分のペースでできるので助かる。僕はどうも集団生活や団体行動が苦手だから。いつからそうなったのかなあ」
かつさんはその理由を思い出そうと、おっとり落ち着いた口調で語り始めた。

兵庫県出身のかつさんは小さなころ、これといって特徴のない平凡な子どもだった。将来なりたいものを聞かれても特に思い当たらず、野球や釣りをして遊び、ケンカもせず、おとなしかった。
「学校を卒業してある時、家を出たいって思い始めてね。とにかく新しい生活を始められるなら何でもよかった」。そして、一人暮らしを始めた彼女の家に転がり込んだ。30歳になるころに結婚をし、営業の会社に就職した。順風満帆かと思われたが、数年後に離婚、会社も退職した。

その後、かつさんは東京へ行き、飲食店やパチンコ店の住み込みバイトを始める。「店内にある食べ物や煙草、アルコールは自由にしてよかった。賢い人はそこでお金をためるんだろうけど、僕の場合はそういう計算ができなかった。半分捨てばちみたいに、その日その日が暮らせればよかったから。そこで、いろんな人の姿を見てきましたけれども、みんな素性がわからない。昔は履歴書1枚だけで偽名とか、本人かどうかわからないことも多かった。ある日突然に仕事仲間の金品をごっそり持って消える人もいる。友達はそこではつくらないようにしていました。誰も信用できないからね」

サービス業の世界は縦社会で、年齢に関係なく、数日でも先に勤めていれば上司になる。「上司の言うことはどんなに理不尽で受け入れがたい内容であっても、絶対従わないといけない。でも、人に合わすということがだんだんできなくなってきた」

サービス業の世界で10年ほど働いてから、滋賀県のリフォーム訪問販売の会社に就職する。リフォームの金額を納得してもらうためには、営業の話術の巧みさが第一になる。「だから、口がうまい人は信用しない。おいしい話には必ず裏があるよ。『こういう場合もありますが』とリスクの話をする人には、耳を傾けてもいいかなと思う。自分が生きていくうえで、自分の目で見たことしか信用しないし、それを判断するのも自分なんです」

リフォーム会社が昨年つぶれ、路上生活を始める際には、長年培った警戒心が自分の身を守るのに役立った。しかしその一方で、団体行動への苦手意識が深く根づくことになったかもしれないと自分の心を分析している。

最近、かつさんは尼崎駅で雑誌を売りながら、何気なく人を眺めるのが楽しみになってきたという。
「あの人は今日はいきいきしているなとか、はにかんでいるけど何かいいことあったんかな?とか。先が見えない不安もあるけど、少しずつでも売れていったらと今は楽しみですね。目標はあくまでも路上脱出。それに最近思うんだけど、声をかけてくれたり、何気なく見ていて2冊買ってくれたり、尼崎は優しい人が多いね」と笑い細めた目に、心を緩めた一瞬をのぞくことができたような気がした。

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

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