今月の人

飯尾佳史さん

飯尾佳史さん

京都、渋谷、新宿でビッグイシューの販売を足掛け4年続けてきた飯尾佳史さん(39歳)は、昨年1月、ビッグイシューを卒業した。創刊間もないころから1日50冊を売り上げることもあった有能なベンダーの一人だった飯尾さん。2004年秋にはスウェーデンで行われたホームレスワールドカップに出場。しかし、試合中に網膜剥離になり、帰国後緊急手術したという伝説を持つ人でもある。

「ビッグイシューは本当に楽しかった。スタート間もない時期にかかわれたことも、いい思い出。『みんなでこの雑誌を有名にするぞ』っていう活気であふれていたよ」と当時を振り返る。
常連さんも増え、話しかけてくれる人、差し入れをしてくれる人など、お客さんとの絆も深まっていった。

「まわりの人たちに恵まれたと思う。ビッグイシューの販売者でいることはとっても居心地がよかったけど、ずっとそのままでいることはできないからね。それで思い切って販売者を卒業する決意をしたんです」
そろそろ40歳という年齢を迎えること、東京都の自立支援アパートをあと1年で出なければならないことも飯尾さんの背中を押した。

「ビッグイシューを売って少しは稼げるようになったのに、また一から仕事を探すなんて大変って考える人がいるかもしれない。でもそれはちょっと違うと思う。ビッグイシューをやって一番よかったのは、社会に戻るための自信がついたこと。路上からいきなり就職っていうのはどう考えても無理だった。ビッグイシューというワンクッションがあったから、今こうして働けているんですよ」

もともと明るく人と話すことが大好きだったが、路上で生活するようになってから、自分の性格は変わってしまったと飯尾さんは言う。
「路上に暮らしていると『自分はダメな人間なんだ』っていう劣等感に押しつぶされそうになるんだよ。自分がどう見られているか考えるだけで、人と目を合わすのも怖くなる。トゲトゲしい性格になったなと感じることもあるよ。路上は危険が多いから防衛本能が働くのか、人に対する警戒心が強くなってしまった」

そんな劣等感とかたくなな心を開いてくれたのが、お客さんとのコミュニケーションだった。「ビッグイシューを売りながらお客さんと話すようになって、ようやく自分らしさを取り戻すことができた。僕がずっと好きだったのはこういう感覚なんだなあって……」

飯尾さんは、ビッグイシューの販売者を辞めた後、派遣会社に登録。短期契約の清掃員の仕事を皮切りに、警備員を約1年経験し、今年からは、駐輪場の管理人として働いている。社会復帰にあたって、最も不安だったのが、職場での人間関係だったという。

「やっぱり世の中には、まだまだホームレスに対して偏見があるからね。僕が路上で暮らしていたことを知ったらどう反応されるか不安だった。でも過去を消すことはできないし、取り繕ってもいつかほころびが出てしまう。だから上司にはきちんと話すことにしました。同僚にも聞かれれば、ちゃんと話すつもりでいるんですよ」

働いている駐輪場は24時間営業なので、夜間のシフトもあるという。「体力的に大変なこともあるけれど、今は少しでも早くお金を貯めて故郷に帰りたい」

飯尾さんは愛媛出身。老舗玩具店の三代目で、子どものころから、親の後を継ぎたいと思っていた。しかし、大型量販店の進出などで玩具店の経営は傾き、店を閉めることに。飯尾さんは大学中退後、地元スーパー、居酒屋、カラオケボックスなど、職を転々としたが、父親の自殺や恋人の裏切りなどショックなできごとが重なり、そこから逃れるように酒とギャンブルに溺れていく。気がつけば、巨額の借金が飯尾さんの行く末に立ちはだかっていた。

「最後は夜逃げしました。福岡、姫路、京都と流れて路上暮らし。大方の借金は母親が何とか返したと聞きましたが、それで許されるわけじゃない。だからまとまったお金ができるまで、故郷の土は踏めません。でもいつか必ず故郷に帰って迷惑をかけた人にきちんと謝罪したい。そして自分だけの小さなお店を開くことが夢なんですよ」

今年12月、メルボルンで開催されるホームレスワールドカップに、ビッグイシュー日本の販売者は再び参加したいと現在練習に励んでいる。2004年の大会に参加したメンバーの大半は、自立に向けて歩み出していると聞く。

「ビッグイシューOBで食事に行くことがあるんですよ。ビッグイシューを卒業するのは、いろんな意味で勇気がいることだと思う。でもビッグイシューはゴールじゃなくて、社会復帰への第一歩にすぎないんだってことを今つくづく感じています。これからもいろんなことがあると思うけど、負けずに頑張っていきたい」

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

『今月の人』が掲載されている BIG ISSUE

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特集六月、雨と遊ぶ

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