今月の人

富永恭弘さん

一番の楽しみは人の幸せそうな顔を見ること、寝る前にたしなむ一杯

富永恭弘さん

午後4時半、JR三鷹駅に仕事帰りの人々がちらほらと姿を見せ始める頃、南口のデッキで富永恭弘さん(66歳)の仕事が始まる。

「朝は足早に通勤する人が多くて立ち止まってくれないし、昼は電車の本数が減って乗降客が少なくなるから、この時間しか売れない。だけど、お風呂屋に行ったり、雑誌の仕入れをしたりしているうちに、あっという間に夕方になります」
それもそのはず。富永さんは仕入れのために、自転車で往復4時間かけて高田馬場の事務所まで通っている。

「往復600円の電車賃は高すぎる。でも私には、『これおもしろいね』と言って買ってくださるお客さんに雑誌を届ける責任がある。だから自転車で通うんです」

9月の半ば、通りすがりの男性が富永さんの販売行為を交番に通報し、おまわりさん二人から注意を受けたので、前より目立たない場所に販売場所を移した。

「雑誌を少し広げすぎかなとは思っていたので、今はこれを首に掛けて、できるだけ邪魔にならないようにしています」

そう言いながら富永さんが見せてくれたのは、3種類の雑誌をずらした状態で収納できるビニール製の壁掛けだ。

「一つのポケットに30冊ずつ雑誌を入れてぶら下げていると、さすがに首が痛くなってくるけど、これなら場所も取らないし、すぐに移動できるでしょ?」
と、少々打たれてもへこたれていない様子。富永さんの創意工夫はこれだけにとどまらない。20年以上前に通信教育で学んだレタリングの技術を生かし、オリジナルの看板だって作ってしまう。

「ビッグイシューのロゴをそのまま写すだけじゃつまらないから、文字からヒゲみたいなのを伸ばしてデザイン的に変えてみたりね。フリーぺーパーに載っているキャラクターをおもしろおかしくアレンジして、イラストも描きますよ」

この日、富永さんが手にしていた看板には、ビッグイシューの幟を掲げるユーモラスなうさぎが描かれていた。オリジナルの看板が功を奏してか、販売を終える午後7時半までの売り上げは平均25冊と好調だ。お客さんは20代から60代くらいまでと幅広く、中には「創刊号から全部揃えたいから」とバックナンバーをまとめ買いしていく人もいるそうだ。

富永さんがビッグイシューと出会ったのは今年5月。「いつも立川で買っているから、三鷹でもぜひ販売して」と、ホームレスの支援活動をする男性から熱烈な誘いを受けた。しかしすぐには踏ん切りがつかず、1ケ月悩んで決断した。今では「三吉ネット」という、三鷹・吉祥寺の販売員をサポートする会まで結成され、すっかり三鷹の町になじんでいる富永さんだが、もともとは渋谷の生まれだ。両親は公務員。富永さん自身も役所に勤務し、安定した生活を送っていた。ところが、食料品などを扱う商店を自分で経営してみたくなり、途中で退職した。

「あの頃はいろいろな経験を積んで、"生きている感じ"がほしかったんです」

だが店の売り上げは振るわず、結局潰してしまう。やむをえず建設会社に就職したものの、やがてそこも倒産。
「当時は遊んでばかりでまったく蓄えがなかったから、すぐに住む場所を失った」

以来、20年近くを路上で暮らす富永さんは、「アパートを借りられるようになったら、絶対に三鷹で探したい。住み心地がいいし、何より人間があったかいから」と語る。行きつけのコンビニではジュース一本でも買うと、賞味期限の迫った弁当などを黙って電子レンジで温め、そっと袋に入れてくれる。そんな町の人々と触れ合ったせいか、富永さんの言葉にも他人に対する思いやりがあふれている。
「自分が苦労したからこそ、人には悲しい思いを絶対にしてほしくない」

来年1月には、プロダンサーとのコラボレーション・ダンスにも参加する。

「軽い気持ちで見学に行ったら、いつの間にかメンバーに加えられていた。でも、やるからには演じる側もお客さんも、みんなが幸せな気持ちになれる舞台にしたい。私の一番の楽しみは、人の幸せそうな顔を見ること。それと、仕事を終えて寝る前にたしなむ一杯かな」

年を重ね、やっと今のような境地にたどり着いたという富永さんの横顔は、野仏のように穏やかだった。

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

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