販売者に会いにゆく (旧・今月の人)
チェコ『ノヴィ・プロスター』販売者 ヨゼフ
彫刻家として世界を飛び回ったことも
年金では部屋一つさえ借りられなかった
チェコの首都・プラハにある、マサリク駅の近くで『ノヴィ・プロスター』を販売しています。この売り場での販売には慣れていますから、ほかの場所には移りたくないですね。天気がよい日は30冊は売れますよ。
それほど健康状態がよくないため、走り回ったりはできませんが、販売中は明るく積極的な接客を心がけています。道行く人に声をかけたり、雑誌の特集について説明をしたりすることもありますね。販売には忍耐が必要ですが、興味を持って近づいてきてくれる人も多いです。
自分がどのような経緯で『ノヴィ・プロスター』の販売を始めたのか、今はあまり上手に思い出せません。ある販売者が「いい雑誌だよ」と話しているのを聞いたのが、きっかけだったような気がします。
私には仕事が必要でした。年金だけでは暮らしていけませんでしたから。自分と愛犬・キーラの食べ物を買うことさえできなかった時期もあります。そのため雑誌販売から得る収入が、生きるために必要だったのです。
最近は靴を修理に出しました。もう20年間も履いているんですよ! でも直しながら使い続けているおかげで、よい状態を保っています。バイク用のブーツなんです。以前はバイクに乗っていましたから。
驚くかもしれませんが、私は南米のペルー生まれです。母がペルー人で、父がチェコ人でした。両親がどこで出会ったのかは定かではありません。母は10年前に、父は20年前に亡くなっています。チェコで暮らすようになったのは、二人の音楽活動のためでした。今でもペルーでの日々を覚えていますよ。向こうには何人か親戚もいます。
チェコへの移住後、私はアートと彫刻を学び、彫刻家として世界を飛び回っていました。マントルピース(暖炉を囲む飾り枠)や門の扉などを彫ってきましたね。
当時はそれなりの稼ぎを得ていましたが、若さゆえの愚かさから、そのすべてを散財してしまいました。それでも各地を見て回り美しいものに触れることができたのは、とてもよかったと思っています。ですが、状況は次第に悪くなり、働くのを止めてしまいました。家賃が払えずに家を追い出されたのもその頃です。その後、年金の支給が始まりましたが、それだけでは部屋を一つ借りるのにも足りませんでした。
余裕がある時には、周囲の人々を支えることもあります。たとえば、販売者仲間のイルカという男性。彼は最近車イスに乗るようになったので、時々身の回りの世話をしています。知り合ってずいぶん経ちますが、私のことを兄弟のように思ってくれているようです。
路上生活を始めて7年になります。初めの5年間はつらかったですが、幸か不幸かこの暮らしにも慣れてきました。でもいつかは、この生活から抜け出せると信じています。過去の失敗から学び、貯金も少しずつするようになりました。
そのためにはまず、販売の仕事をしなくてはなりません。働かなければ、何も始まりませんから
『Nový Prostor』
1冊の値段/60チェコ・コルナ(そのうち半分が販売者の収入に)
発行頻度/月2回(冬期は月1回)
販売場所/プラハ、ブルノなど
Text:Monika Vesela, Nový Prostor/INSP/編集部
Photos: Eliška Krátká
※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。
この記事が掲載されている BIG ISSUE

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