販売者に会いにゆく (旧・今月の人)

スウェーデン『ファクトム』 販売者 ウルフ・グスタフソン

愛した女性を病気で亡くし、自身もがんに
ガイスのように最後まであきらめず生きたい

スウェーデン『ファクトム』 販売者 ウルフ・グスタフソン

私は1958年に生まれました。スウェーデンが誇る多目的スタジアム「ウッレヴィ・アリーナ」と同い年です。
 父が紡績工場に勤めていた関係で、港湾都市のヨーテボリで育ちました。母は清掃の仕事をしていましたね。きょうだいが二人いたため家はそれほど広くありませんでしたが、たくさんの友人とサッカーを楽しみながら、よい少年時代を過ごしました。
 幼い頃はIFK(※1)のサッカー教室に通っていました。スウェーデンの代表選手として活躍した、ロニー・ヘルストレームがゴールキーパーのコーチを務めていたんですよ。別のクラブチームでセンターバックのポジションを務めたり、かつてのプロ選手が運営するサッカー教室に通ったりもしました。
 友人の父親がガイス(※2)の選手で、IFKとの対戦試合を観に行ったこともあります。そこでガイスが勝つのを目にして以来、私は同チームを応援し続けています。
 学校にはうまくなじめず、高校へは進学していません。大工や電気技師といった堅実な職を目指せばよかったのですが、そうしたアドバイスをしてくれる大人は周りにいませんでした。義務教育の9年間を終えたのち新聞の配達員を経て、老人ホームで介護補助の仕事に就きました。
 そこでは多くのことを学びましたね。誰も訪ねて来る人がおらず、孤独を抱えている利用者もたくさんいました。息子と会えずに、つらい思いをしていた高齢の女性には、特に心を配ってお世話をしました。それが立場を超えたかかわり方とみなされ、一度はクビにされてしまったのですが、ホームに暮らすみなさんが望んでくださったおかげで職場に復帰できました。
 友人に誘われたダンス教室での出会いがきっかけで、スザンヌという女性と暮らすようになり、息子をさずかりました。それから、国内の大手機械メーカーに36年間勤務しました。夜勤のシフトでは12時間連続で働く日もあり、大変でしたけれどね。
 掃除機の販売の仕事をしていた時期もありました。現役引退後は監督も務めたスウェーデンサッカー界の伝説的選手、グンナー・グレンに1台売ったこともあるんですよ。
 60歳を過ぎて退職した後は、二人で旅行を楽しもうと計画していたのですが、スザンヌが重い病気を患ってしまいました。入退院を繰り返して帰らぬ人となり、私は自責の念から酒に溺れました。
 そして『ファクトム』誌と出合い、現在に至ります。自ら得た収入で、生きる場所と食べ物を手に入れられるようになり、 社会的なつながりも取り戻すことができました。
 数年前にがんを抱えているのが判明しましたが、ガイスのように最後まであきらめずに生きるつもりですよ。今は猫を飼って暮らしたいなと思っています。

※1 ヨーテボリに拠点を置くサッカークラブチーム「Idrottsföreningen Kamraterna Göteborg」の略称。
※2 約130年の歴史を持つ、スウェーデン最古のサッカークラブチームの一つ。IFKと同じく、ヨーテボリを中心に活動。

『Faktum』
1冊の値段/80スウェーデン・クローナ(そのうち半分が販売者の収入に)
発行頻度/月刊
販売場所/ヨーテボリ、マルメなど

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

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