販売者に会いにゆく (旧・今月の人)

堀 守さん

子供たちと一緒に歌えたら夢のようですね

堀  守さん

♪お前と出会えてよかったビッグ、ビッグイシュー、感謝の気持ちで一杯(中略)…路上でおいらは仕事、太陽に向って歌う、もう涙はいらない、似合わない…。(後略)♪
ビッグイシューの読者だったら一度聴いただけでつい口ずさんでしまうメロディー。渋い歌声を聴かせるのは堀守さん(48)。仙台でも今年の7月からビッグイシュー販売が始まったが、堀さんは最初に手を挙げた12人の一人だ。

手入れの行き届いた口ひげ。櫛目の通った髪型。落ち着いた色合いの服装。その風貌はホームレスというよりは粋な職人風。高校生の頃に憧れた矢沢永ちゃんの影響でギターを手にし、文化祭などでならした過去を持つ。冒頭の歌はビッグイシューを歌ったオリジナルソング。ほとばしる気持ちの熱さを逆に抑え気味にして彼は歌う。

堀さんが立つのは仙台中心部から7キロほど南の住宅地。大規模なショッピングモールはあるが、朝夕は通勤通学に急ぐ人がほとんどで、なかなかビッグイシューに目を留めてくれる人はいない。皮肉なことに最初に注目してくれたのは通学する小学生たちだった。
その冷たい視線が堀さんにはかなり辛かった。それでも勇気をふるい「これがおじさんの仕事なんだよ」と声がけやあいさつをくり返すうちに子供なりに理解できたのか、言葉を交わすようになる。立ち位置周辺の掃除や「車に気をつけて。」と注意する堀さんの行動はいつしか子供たちから学校に届き、お礼のため先生が堀さんのところまで来たこともある。

ある日、顔馴染みになった子供たちが堀さんの前を通る時に「ビッグ、ビッグイシュー」と口ずさんだのを聞いて堀さんはひらめいた。「ビッグイシュ-の歌をつくろう!音楽からは遠ざかっていたが、知り合いのストリートミュージシャン新(にい)さんからもらったギターでそこそこ勘も取り戻していたところだった。

歌詞は今までの販売で感じた気持ちを素直に表した。タイトルは「Look at My BIG ISSUE!」。曲は新さんにつけてもらった。アルペジオのギターの音色に乗せ、いつも路上で呼びかけているようにビッグイシューのセールストークから曲は始まる。「イギリス発、日本育ちの情報誌…」

曲の合間にさまざまな出来事が脳裏に浮かぶ。東京や関西などで買ったことを思い出して、駆けよってくれた人。近くのコンビニのバイト面接を受ける直前、お守り代わりに買ってくれた女子大生には「大丈夫、心配しないで」とアドバイス。学生の間では「あのおじさんからビッグイシューを買うと試験に受かる。」という伝説まで生まれている。また目の前の交差点で人と接触し、その場から去ってしまった車を不審に思った掘さんが通報したこともある。

ビルや官公庁など都市機能が集中する中心部に比べ、堀さんの立ち位置は条件が厳しい。しかし、「大体決まった時間に決まった人が通るので、顔を早く覚えてもらいやすい。」とポジティブにとらえている。機械の製造や警備などいくつかの仕事に就いていた堀さんだが5~6年前から不況のあおりをくってホームレスになった。「ビッグイシューを始めて会社に使われている時には考えなかったこと、例えば、お客さまへの接し方などがその日の成果につながる。これにはやりがいを感じる」という。朝は6時に出発。多い日は、午前、夕方と2回こまめに仕入れ先と販売場所を自転車で往復する。仕入れ先へも6~7キロの距離。1回あたりわずか数冊ずつ、ちまちまと仕入れるだけだが、その嬉しさを堀さんは噛みしめる。

「まだ、まだ発展途上、とりあえず今の目標は1日あたりあと5册売り上げを伸ばすこと。それよりも勇気や出会い、人情をビッグイシューを通してたくさんもらったよ。歌は自分なりのお返しのひとつ。せっかくだから、ヒントをもらった子供たちと一緒に歌いたいものですね」

百万都市仙台のホームレス人口は約200名を越える。冬の厳しさにもかかわらず、ここ数年は増加傾向にある。若いホームレスや年輩者、女性のホームレスも最近は目立つ。たとえどんなに小さなきっかけでもいい、堀さんの歌のように前向きに考え、そこから自立への一歩を踏み出してほしいと願うばかりだ。

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

この記事が掲載されている BIG ISSUE

40 号(2005/12/01発売) SOLD OUT

特集性 ― 命の発現

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