販売者に会いにゆく (旧・今月の人)

カナダ・バンクーバー『メガフォン』販売者 スー

亡き母から教わった「人を助ける道」 路上生活者を励まし、人々の偏見をなくしたい

カナダ・バンクーバー『メガフォン』販売者 スー

50歳のスーがその小さな身体で乗り越えてきた苦境は、筆舌に尽くしがたい。次々と身内を失う経験をしてきたが、「そこから多くのことを学び、成長した」と語るスー。強くしなやかな精神力を持ち、今ではタラーミン(※1)のコミュニティで尊敬の念を集めている。
スーは米国出身の父と、カナダのブリティッシュ・コロンビア州パウエルリバー市(タラーミンの先住地がある)出身の母との間に、米国シアトルで生まれた。バンクーバーの小学校に通い、シアトルと行き来する生活をした後、最後はここダウンタウン・イーストサイド(※2)に落ち着いた。小さい頃でよく覚えているのは、温かい鍋料理を作るため母親と一緒に近所の漁師のもとへ魚の頭をもらいに行ったことだ。
スーは12人きょうだいの末っ子だった。しかし、姉2人は薬物の過剰摂取、3番目の姉は殺人事件に巻き込まれ、3人の兄はそれぞれアルコール依存症、交通事故、結核で命を落とすなどして、今は姉1人と兄1人しかいない。そして父もアルコール依存症、母を交通事故で亡くし、さらに3人の身内も失った。
7年前にはスーのパートナーが自ら命を絶ち、自身はがんの宣告を受けた。同じ年、孫ができるとの知らせもあった(スーには今、成人した娘と息子、2人の孫がいる)。「ああ、2012年は大変つらい年でした。本当にいろいろなことがあったんです。でも私はまだここにいる。それはたしかです。よき友人とポジティブな人たちに囲まれることが、苦境を乗り越えるカギだと思います」と語る。
その後、17年に友人からバンクーバーのストリート誌『メガフォン』を紹介され、販売者となった。「周りのみんなは私のことをタフな女性だと言います。でも、今の自分になるにはとても時間がかかりました。歳を取るにつれ、自分をより理解できるようになってきています」
「私がすべきなのは人を助けることだと、母から教わりました。これこそ、私が進みたい道。路上で暮らす人たちに自分を気にかけてくれる人がいるのだと気づいてほしいし、誰かの母親代わりにもなりたいのです」と言う。今やスーはコミュニティで頼れる年長者として、周囲の人が困難を乗り越えられるよう励ます存在になっている。
スーは健康も取り戻した。化学療法でがんを克服し、薬物を断ち、タラーミンの伝統技術を習得して余暇を楽しんでいる。「(先住民族の祭儀で用いられる)礼服の作り方を覚えましたし、皮をなめして太鼓を作ったり、アクセサリー作りや編み物もします。今は学校に通っていて、できるだけ教育を受けて学びたいんです」
『メガフォン』を販売していて一番好きなのは、お客さんと話をする瞬間だと言う。
「ジョークを言い合ったりしています。でも、道ゆく人たちがここの住民をじろじろと偏見の目で見るのは本当につらいですね。このイーストサイドにいる人たちのことを冷たくあしらうのではなく、人々が住人たちの人生や境遇についてもっと知ってくれるよう、私が伝えていきたいと思っています。そうすれば、お互いがよりよく理解しあえると思うのです」

(Paula Carlson, Megaphone / INSP / 編集部)

※1 「ファースト・ネーション」と呼ばれるカナダ先住民族の一つ。タラーミン族は4000年以上の歴史をもち、カナダ建国以前から領地だった地域には今も約1100人が住む。1876年のインディアン法で同化を強いられたが、長年の交渉努力により、2016年に自治政府を確立した。
※2 バンクーバーで、貧困層の人々や路上生活者が集まり住むエリアとして知られている。住人の中には、同化政策により自分たちの土地やアイデンティティを失い、社会進出に困難を抱えて貧困や依存症に苦しむファースト・ネーションの人々もいる。

(写真クレジット)
Photo : Paula Carlson

『メガフォン(Megaphone)』
●1冊の値段/2カナダドル(そのうち1.25カナダドルが販売者の収入に)
●発行頻度/月刊
●販売場所/バンクーバー、ヴィクトリア

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

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