販売者に会いにゆく (旧・今月の人)

ドイツ『ドラウセンズアイター』販売者 ロタール

ライフワークは「徒歩の旅」誰もが日々、何かを成し遂げる。必要なのは、その“何か”を見いだすこと

ドイツ『ドラウセンズアイター』販売者 ロタール

57歳のロタールは、販売場所のケルン市立劇場前を3ヵ月ほど空ける時がある。必需品をリュックサックに詰め、妻に買ってもらった動物のマスコットとともにひたすら歩き続ける旅に出るのだ。スマホのGPS機能は使わず、太陽の位置で方向を確認し、景色を眺めながら歩く。
「その方が多くのものが見えるのです。歩いている時は思考も変わってくるし、必然的に新しい何かを見つける機会も増えます」とロタール。湧いてきた考えや食事の時間、寝た場所まで、旅の記録はA4サイズのノートに几帳面な文字で書き記した。彼にとって徒歩の旅は「ライフワークのようなもの」。出発とは「過去に執着しないで、新たな発見をすること」だと語る。
最初の旅に出たのは2016年7月5日。ドイツ西部のケルンを出発し、北部のハンブルクへ向かい、さらにドイツ最北端のシュレスヴィヒを訪れると、高齢者施設にいる母に会い、最後はミュンヘンまで南下した。10月にケルンへ戻ると、歩いた距離は約2000㎞(※)に及んだ。18年の秋には2度目の旅に出た。
「あの日以来、私はずっと『外』にいるのです」。彼の言う外とは「アパートの外」であり、都会生活から離れることを意味する。だが、当時彼は借金を抱えていたため、旅への出発は“逃亡”に近かったと言えるだろう(実際、捜索願も出された)。借金の原因は信頼していた知人に騙されたことと、支払えなくなった携帯電話代だった。以来、ロタールは室内で暮らしたことは一度もないという。
ドイツ西部のエッセンで生まれたロタールは、5人きょうだいの真ん中で育った。父親は警察学校に勤務しており、学校での得意科目は数学と物理。ケルンの工科大学を卒業後、公認技術者として25年間働いた。結婚もしていて、夫婦仲は今も健在だ。
外の生活は、通常の暮らしよりも「自然に触れる楽しみ」があると言う。必要最低限の物しか使わず、過剰消費をやめ、社会のシステムとはできるだけ無関係に生きていたいという強い願いもある。
「本当に必要なものはそれほど多くない。たとえ持ち物が少なくても、人と触れ合うことはできます」とロタール。これは、彼自身の経験が証明している。薬局の店員から靴ずれ用の絆創膏をもらったことや、「誰かを助けなさい」と夢の中でお告げを受けたと言う女性に10ユーロ札を渡されたこともある。通常、ロタールは現物給付のみを受け取るようにしていて、一人で使い切れない物があれば誰かに譲っている。
日曜日はミサに行き、特別なジャケットを着てメランヒトン聖歌隊でテノールを担当する。路上で露骨な視線を感じたり嫌な言葉をかけられることには慣れっこだと言うが、教会へ行くと「自分の歌声を披露できるし、変な目で見られることもありません」。
ロタールは「人間として尊厳ほど大事なものはない」と話し、こう続けた。「だからホームレス状態の人々にも、もっと敬意を払ってほしいのです。誰だって、日々何かを成し遂げるのですから。必要なのは、その“何か”を見いだすことなのです」

(Sabrina Burbach, Draussenseiter / INSP / 編集部)

『ドラウセンズアイター(Draussenseiter)』
●1冊の値段/1.70ユーロ(そのうち0.90ユーロが販売者の収入に)
●発行頻度/月刊 
●販売場所/ドイツ・ケルン

(メイン写真クレジット)
Photo: Marie Breer

(サブ写真キャプション)
旅の記録がびっしりと書かれたノート
Photos: Sabrina Burbach

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

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