販売者に会いにゆく (旧・今月の人)

Kさん

売れた時の、得体のしれない感動。社会貢献できる飲食店をするのが秘かな夢

Kさん

60代の元料理人Kさんが、路上に出ることになったのは5年前のことだ。アパートで独りで暮らす94歳の母を見かねて、板前を辞め、家に戻ったのがすべての始まりだった。だんだん歩けなくなる母を介護して支えるも、病院に入ると、母はわずか3ヵ月で帰らぬ人に。かつては高級料理店を切り盛りする逞しい人だったが、バブル後の不況で借金を重ね、家をとられ、最後は生活保護を受けながらのあっけない死だった。
介護が終わると、今度はKさんの生活が困窮。ネットカフェに泊まりながら日雇いの仕事もしたが、ついには一晩の宿泊代もなくなり、飲まず食わずで2日間路頭に迷っていた時、図書館で目にしたのが『路上脱出ガイド』だった。
「ビッグイシューに電話したら、ちょうどスタッフが不在の日で明日来てくださいって言われてね。もう一晩か……って(笑)。でも働いたらお金になるって書いてあったし、路上に立つことにも抵抗はなかった。ただ、こんなにしんどいものとは思っていなかったね」
高校を卒業してからは、ずっと和食の料理人。ある時は九州、ある時には北陸の料理旅館で働くなど、厳しい板前の世界で生きてきた自負があった。が、勤務中は休む間もないほど忙しい板前と違って、10時間以上もじっと同じ場所に立ち続けるこの仕事には別のしんどさがある。それでも辞めずにいられたのは、心が折れそうな日々の中にもささやかな喜びがあるからだ。
「だって、この仕事は今日何冊売れるかとかまったく読めないでしょ。ある時突然売れ始めたかと思えば、朝から夕方まで立ってもまったく売れなかったりね。そういう時に、パッと1冊売れたら、めっちゃ感激するのよ。『おっ、やっときた!』って。もうね、この得体の知れない喜びは何なんだってぐらいに感動する。それが魔力みたいなもんやな。その喜びと感動だけで、当分の間はつらくてもやっていける。どんな仕事でも、同じようなもんだと思うけど」
現在はJR高槻駅南口で、朝10時から夜8時まで販売。定期的にビッグイシューの読書会が開かれるなど、雑誌のファンや支援者の多い高槻の人たちに勇気づけられる毎日だという。「今の自分にできることは、とにかく一所懸命に立つこと。たとえ売れない時でも真面目に立ち続けて、いつでもそこにいるということを見てもらうのが大事。なかなか難しいんだけどね。でも、がんばったら、その分ある程度は返ってくるもんだと思ってる」
販売歴は通算3年。年齢のことを考えれば、あと数年もすれば本当にビッグイシュー以外に行くところがなくなるという危機感があるが、一方で雑誌への愛着も強いようだ。
「最近は、どうしたらビッグイシューがもっと売れるようになるかってことばかり考えてる。恩義のあるこの雑誌にはなくなってほしくないし、これからも助けてほしい人は絶対に現れるから、そういう人たちが臆することなくがんばれる会社であってほしい。会社は今はどう変われるかが問われている時期だと思う」
最後に、目標を聞くと、板前の腕を活かして「社会貢献できる飲食店をするのが夢」と答えた。飲食代の何%かを社会に寄付する仕組みを作ったり、1週間のうち1日だけ子ども食堂をするような、そんなお店ができたらと秘かに思っている。「昔は社会とか誰かのためにとか考えるような人間じゃなかったんだけどね。これもビッグイシューのおかげやね」

(販売場所)
JR高槻駅南口デッキ南側エスカレーター下にて

(写真クレジット)
Photos : 木下良洋

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

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