販売者に会いにゆく (旧・今月の人)

オーストリア・ザルツブルク『アプロポ』販売者 ソニア・ストックハマー

自然や動物が好き。野外で立ち続ける仕事、性に合っている 雑誌販売も人生も、小さなことから始めるとうまくいく

オーストリア・ザルツブルク『アプロポ』販売者 ソニア・ストックハマー

ソニア・ストックハマーのテンポに付いていくのはなかなか大変だ。先導して私の前を早足で歩いていき、執筆のワークショップでも彼女の書くスピードには驚くばかり。「テーマは何?」と私に尋ねたかと思うと、すぐさま「なるほど、じゃあこんなふうに書くのはどう?」と続ける。速く歩き、話し、書き、考えるソニア――。私の印象を伝えると、彼女はこう答えた。「だって、何を待つ必要があるの?」
このたくましい細身の女性は、20年にわたりストリートペーパー『アプロポ』を販売し、多くの書籍刊行プロジェクトにもかかわってきた。自然豊かな田舎に住み、ザルツブルク中心部のミラベル広場が販売場所だ。ソニアに会いに来る常連客も多い。「もちろん、お互いたくさんおしゃべりします」と彼女は言う。「お客さんはもう私のことをよく知っているから。私が話をしたがっているかどうかもわかるし、そうじゃない時はそっとしておいてくれる。四六時中、話す必要はないと思うんです。黙っている方がいい時もあるでしょう?」
学校を卒業した後、接客業界で働き始めたソニア。「どんな仕事でもいいと思っていましたが、当時はひどく働かされましたね。あの頃は、ふと空を見上げたり、ゆっくり仕事しようなんて思いもしなかった」。彼女はこの時期について話す時、いつにもまして早口になる。「今までつらい経験もたくさんしてきたけどその話は置いておいて、他の話をしましょう」と言い、自身の過去について多くを語らなかった。
屋外で立ち続ける雑誌販売の仕事は、ソニアの性に合っているのかもしれない。「家の中にいると、閉じ込められているように感じることがあるんです。外に出ると、やっとまた呼吸ができるって感じる。『自然』は私が思いっきり空気を吸える場所なのです」。幼少期は牧場で馬の世話をしたり、乗馬が好きな子どもだった。その後犬や猫と一緒に暮らしてきたソニアは、いつも自分を助けてくれたのは動物たちだったと言う。
「馬の背に乗ればお互いの気持ちがすぐに通じ合うし、これまでの人生で動物に失望したことはありません。動物たちは素直。自分を偽っているような人間たちよりもずっと誠実なのです。動物の言葉を理解するのに長い時間かかったけれど、彼らの言葉って、内面をそのまま表している。人間は言葉で攻撃したり、欺いたり、嘘をついたりするけど、動物たちと私は『素の言葉』で話すんです」。真剣な顔つきになり、それは人とのコミュニケーションにも通ずることだと教えてくれた。「多くの言葉はいらない。感情と、相手への信頼がすべてだから」
ストリートペーパーの販売を経てわかったのは「小さなことから始めるとうまくいく」ことだとソニア。「雑誌を1冊1冊売っていくように、人生のどんな場面でもそれは当てはまると思います。こうして私は、いつも前を向くことができるようになったのです」

(Christina Repolust, Apropos / INSP / 編集部)

(人物写真クレジット)
Photo: Andreas Hauch

『アプロポ(Apropos)』
●1冊の値段/2.5ユーロ
(そのうち半分が販売者の収入に)
●発行頻度/月刊 
●販売場所/オーストリア・ザルツブルク

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

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