販売者に会いにゆく (旧・今月の人)

浜岡さん

今はただ、ビッグイシューで働くことが楽しくて仕方ない。 だから、がんばって売り続ける

浜岡さん

表参道駅そばのみずほ銀行前の交差点に着くと、ビッグイシュー最新号を掲げた浜岡さん(40歳)が、楽しそうに誰かとしゃべっていた。お客さんかな、と思っていたら、ビッグイシュー販売者仲間が今日の取材のために激励にきてくれたのだという。「ビッグイシューの人たちは、みんな優しいんです。事務所の人も販売者同士も仲がいい。だから用事がなくても、ただしゃべりに行っています」と、浜岡さんはうれしそうに教えてくれた。
販売を始めて4ヵ月、10時から18時までほぼ休まずに販売。雨の日も屋根がある別の販売場所で売っているのだとか。そんなに休みなしで働いて疲れないのだろうか。そう聞いてみると、「体力には自信がある。一日中立っていても、キツイと思ったこともない」という答えが返ってきた。
言われてみると、背が高くがっちりしている浜岡さんは、タフそうに見えるが、実際に元カツオ漁師という職歴を持っている。
高知県出身で、両親と兄、妹の5人家族の中で育った。父と兄が漁師をしており、小さい頃からの夢は自分も漁師になることだった。中学を出ると地元の職業訓練学校を経て、漁師になった。「同級生のお父さんや、中学の後輩、父も同じ船に乗っていて、漁師仲間の人間関係はすごく良かった。ただ、遠洋漁業だったので一度漁に出てしまうと、半年以上は帰れずずっと船の中で過ごさなければならない。僕は船酔いがひどかったので、船の中に閉じ込められる生活は過酷でした。それで2年で辞めてしまいました」
その後、建設現場での仕事を転々としたあと、「地元にいても仕事もないし、都会に行ってみよう」と、20歳の時に大阪に出てきて、すぐに寿司屋で働き始めた。2年ほど経ったある日、酒に酔ったお客さんに絡まれケンカになり、「店に迷惑をかけた」という思いから自ら店を去る決意をする。
それ以来、22歳から39歳までの17年間、仕事がなくなれば次の会社、また次の会社と建設現場での派遣の仕事を転々とし続けた。会社の寮にも入ったが、週に1度は路上で寝て、あとはネットカフェで過ごした。「寮の壁が薄いため酔っ払って騒いだり、暴れたりする人の音がうるさくて眠れなかった。それに嫌な人も結構いたので」と、浜岡さんは路上生活の事情を話す。
昨年10月、昔の仕事の知り合いに誘われて二人で東京に上京。その人は大阪でビッグイシューの販売経験があって、彼の紹介でビッグイシューの販売者になった。ただ最初の2ヵ月は、お金もなかったため、寒さに震えながらもずっと路上で寝ていたという。
今は新宿のネットカフェで寝泊まりしている。浜岡さんは、今の生活を「めっちゃ楽しい」と語る。「路上に立って雑誌を販売しているだけで楽しいし、お客さんとのちょっとした会話も楽しい。それに東京には東京タワーなど行ってみたい場所はたくさんあるから」
これまでの人生で1度しか映画を観たことがなかった浜岡さん。寄付の映画券をもらったことから、351号の記事になった『ボヘミアン・ラプソディ』(※)を観て、フレディ・マーキュリーの人生と圧倒的なライブシーンの再現に感動した。351号は信じられないくらい売れたという。余命1年のヒロインが最後の恋をする『雪の華』を観た時は、「主人公が自分だったら」と思い大号泣した。
今後のことに水を向けると、少し考えたあとに、「僕にとって東京は、行こうと思えばどこへでも行ける刺激的な街なんです。今はビッグイシューの仕事も、東京生活も楽しいから、あまり先のことは考えられない」とポツリポツリ語ってくれた。

※ ロックバンド、クイーンのフレディ・マーキュリーの半生を描いた映画。アカデミー賞を受賞。351号は品切、PDF版をウェブサイトで発売中

(写真キャプション)
表参道駅、みずほ銀行前の交差点にて

(写真クレジット)
Photos:横関一浩

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

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