販売者に会いにゆく (旧・今月の人)

『ビッグイシュー・オーストラリア』販売者(メルボルン) シェリル

女性ホームレスとして、毎日怖い思い。「孫ができる」の知らせで、ヘロインを断てた

『ビッグイシュー・オーストラリア』販売者(メルボルン) シェリル

オーストラリアで路上生活を送る女性は約4万9千人、シェルターに滞在するホームレスの約40%が女性だと言われる。女性がホームレス状態になってしまう原因で最も多いのは、家族やパートナーによる家庭内暴力。今では出張講義のスピーカーとして自身の経験を率直に話すシェリルも、その一人だった。
「男でも女でも、ホームレスになるのは怖いし危険です。私はおよそ10年にわたって途切れ途切れにホームレス状態を経験し、何度も恐ろしい目に遭いました。生活環境が悪かった上に、女性だったからです。襲われないだろうか、身ぐるみをはがされないだろうか、もっと悲惨な事態になるのではないか、と常に不安でした」とシェリルは語る。
17歳で妊娠し、息子を育てるために高校を退学。21歳の時には次男も授かった。「息子たちにはなんとしてでも安定した家庭生活を送らせたかったし、しばらくは穏やかに暮らしました」。しかし、30代半ばに結婚した夫、後に再婚した相手もヘロインの依存症だった。「愚かなことに、私もヘロインに手を出してしまったのです。薬のおかげでさまざまなストレスから目を背けられたから。やがて夫は暴力を振るい出し、私ではなく息子たちに危害を加えるようになります。お金も徐々に薬物購入に注ぎ込むようになり、友だちとは疎遠に。食料を買えず、生活費も払えなくなれば、家賃の支払いも滞ります。そうして家を追い出されました」
10年間で、ボーディング・ハウス(※1)8ヵ所と緊急シェルター2ヵ所、女性専用保護施設での生活を送ったというシェリル。「自分には家と呼べる安住の場などない――そんな気持ちでした。ホームレス状態のヘロイン依存症となれば、栄養失調だったのは言うまでもありません。3度の食事は50セントのアイスクリームでした」
「初めてひとりきりでホームレス状態になり、ボーディング・ハウスに滞在した時は地獄のような生活でした。週200ドル以上も払っていたのに、部屋は狭くて不衛生で、シングルベッドと小さな棚がやっと置いてある程度。私以外は男性ばかりで、外部の人間が好き勝手に出入りしていたので毎日怖い思いをしていました。誰にも気にかけてもらえず、今でもあの時のことはトラウマになっています」
その後、ビッグイシューと出合い、ヘロインを断とうと決心してリハビリ施設に通ったのは3回にのぼる。だが、1年半ほど薬物を断つ状態が続いた後に、また逆戻りしてしまうことが続いた。「でも2001年、長男から『孫ができる』と知らせが届きました。それこそ私が必要としていた頼みの綱で、薬物を断つべき理由がやっと見つかったのです」。今では薬物と離れてから13年が過ぎ、それを支えたのは路上での雑誌販売だったという。「ビッグイシューのスタッフは家族のよう。何かよくないことがあった日でも素直にその気持ちを話せるし、理解してもらえるんです」
62歳のシェリルは今、公営集合住宅でひとり暮らしをし、「ウィメンズ・サブスクリプション・エンタープライズ(※2)」でも働いている。「もう、この先の人生には明るい希望が見えています」とシェリルは言った。

(The Big Issue Australia / INSP / 編集部)

※1 Boarding House:家具付きの個室と共有のキッチンやバスルームがある簡易宿泊所。
※2 ビッグイシュー・オーストラリアが運営する組織。企業などから業務を請け負い、雑誌販売が難しい女性などに働く機会を提供している。

『ビッグイシュー・オーストラリア』
●1冊の値段/7ドル(そのうち3.5ドルが販売者の収入に)
●発行回数/隔週
●販売場所/シドニー、メルボルンをはじめ全土の主要都市

(写真キャプション)
メルボルンの街並み

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

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