販売者に会いにゆく (旧・今月の人)

ドイツ、『ヘンペルス』販売者 ユーゲン・ベッカー

犯罪者ではなく、販売者という身分になれた。自分の人生について話すのは、同じような境遇の人を励ますため

ドイツ、『ヘンペルス』販売者  ユーゲン・ベッカー

「私は自分勝手で薬物依存症のろくでなしでした。私は昔の自分が、嫌いなんです」
ベッカーは自分の半生について手厳しく話す時、「私は」という言葉で始めることが多い。そして彼は、とても早口だ。 言葉が次から次へと繰り出され、文と文が切れ目なく続いていく。彼の人生もそれと同じで、あの頃を起点にすべてがつながっている。ベッカーは過去の苦しい時のことを思い出し、「悪いことから良いことが起こったんです」とはるかに良くなった「今」に感謝している。
この夏で60歳になるベッカーは、15歳で父親を亡くした後、母親とも音信不通だったため施設に送られた。「私は手に負えない人間でした」と当時を振り返って言う。少年時代から強盗や暴力事件などを起こし、人生のうち12年を刑務所で過ごした。「だいたい2年おきでした」と言うように、出所と入所を繰り返し、薬物に依存し始める。長い間、アルコールも大きな問題だった。
その後、妻と別れたことで故郷のザールブリュッケンを離れ、キールに移り住んだ。「99年に出所した後はさまざまなことをやりましたが、一番重要なのは『ヘンペルス』との出合いでした」とベッカーは言う。『ヘンペルス』を販売し始めた最初の頃は大晦日のパーティで暴力沙汰にかかわり、しばらくオフィスビルに入ることを禁じられてしまったが、やがて『ヘンペルス』とベッカーの間には信頼関係が育まれていった。
「キールで過ごすうちに友人を見つけました」とベッカーは言う。「故郷にいた時は犯罪に関係する仲間ばかりで、何も考えずに悪事に手を染めていたけど、今度こそ落ち着いた人生を送りたいと思ったんです」
日々の友人やお客さんとのかかわりが大切なものになっていくなかで、「今は、誰かと会う時、以前のように『こいつは自分にとってどう役に立つだろう』なんて考えずに、ただ『やあ、元気?』って話を楽しむだけになりました」
ベッカーはもう悪事を働いたりしない。「『ヘンペルス』のおかげで私はもう犯罪者ではなく、販売者という身分になりましたから。やっと自分でまともにお金を稼ぎ、それを活かす方法を学んだのです。来年は記念の年です、出所してから20年が経ちますからね」
そして、彼はもう10年以上も酒を飲んでいない。「キールに来て、初めて自立できました。依存症も克服できたのです」
かつてはまったく連絡を取らなかった親戚や母親とも、今は交流している。以前は自分だけが家族の中の黒い羊だと思っていたが、妹や母親も今では彼を誇りに思っているそうだ。「もう『自分が、自分が』ではなく、人のために何ができるかを考えています」とベッカーは話す。
彼が自分の人生について話すのは、同じような境遇の人を励ますためだという。「人は自分の悪い癖を直してこそ、新しい視点をもつことができるようになると思うのです」。そう、今はそんなことできるはずないと思っても、時間をかければ、ベッカーのように。

(Peter Brandhorst, HEMPELS / www.INSP.ngo / 編集部)

(写真キャプション)
ベッカーは3年前から肝臓がんと膀胱がんを患い、数回の手術を経験した

(写真クレジット)
Photo: Heidi Krautwald

『ヘンペルス(HEMPELS)』
●1冊の値段/2.20ユーロ(そのうち1.10ユーロが販売者の収入に)
●発行回数/月刊
●販売場所/キール、リューベックなど、シュレスヴィヒ・ホルスタイン州の都市

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

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