販売者に会いにゆく (旧・今月の人)

米国、『ストリート・ルーツ』販売者 ティナ・レイアン・ドレイク

ポートランドで本来の自分自身になれた。 希望がないとみんな言うけれど、希望こそほかの誰にも奪えないもの

米国、『ストリート・ルーツ』販売者 ティナ・レイアン・ドレイク

米国北西部、オレゴン州最大の都市ポートランドの中心街で『ストリート・ルーツ』を販売するティナ・レイアン・ドレイク。彼女は自身の名前を、自ら名づけたという。
「ファーストネームの『ティナ』はずっと好きな名前だったから。『レイアン』は母のミドルネーム『アン』にちょっと付け足したもので、『ドレイク』は私の好きな伝説上の生き物なの」
昨年12月、この思いの詰まった名前が法的に認められ、ドレイクの公的文書には今、自認する性別が記されている。
「本当に最高の時代です」と微笑む。「ずっと自分自身を欺いてこなければならなかったけど、そんな日々とはさようなら。文字通り、胸のつかえが取れました」
その胸のつかえは、長い年月をかけて蓄積してきたものだった。4歳か5歳の頃、ドレイクはすでに内なる自分と周囲が自分に期待する役割にずれがあると気づいていた。 「男の子っぽかったことなんて一度もない」とドレイク。「いつも姉と一緒に彼女のおもちゃで遊んだり、母の服で着飾ったりしていたから」
成長するにつれ、ティナは内なる自分を外にも出すようになった。しかしその結果、厳格なモルモン教徒(※1)の家族との間に溝が生まれてしまった。「『地獄に落ちろ』ということや『あなたが女性になることは絶対にない。いつだって女性の服を着た男にしかならない』と姉にはっきり言われた。その言葉もあって私の意志はさらに強くなったのだけど」
それでも、ドレイクはいつか家族が「真実に気づいてくれる」という希望を抱いている。
人生の転機となったのは2年半前、ポートランドの地を踏んだ時だ。「最初から何も隠す必要はなかった。ホームレスシェルターなんて、女と申告すれば女性用シェルターを使えるのよ! ポートランドのオープンさと懐の深さを感じました」
それはドレイクのかつての故郷ユタ州とはまったく対照的だった。「ユタはアンチLGBTでアンチトランスジェンダーなんです(※2)。あのままユタにいたら、どこかの時点で隠し事がつらくなって自分の命を絶っていたか、惨めな思いをしたまま生きていたと思う。ポートランドに移り住んでからは何もかもがはるかに良い方向に変わりました。世の中のすべてのトランスジェンダーの女性、男性に言いたい。『必要な時に前に踏み出すことを恐れないで』と」
この強い信念は11年に亡くなった母親から受け継いだ。溝が生まれた家族の中でも、母親だけはティナを本来の姿のままに捉え、完全に受け入れていたのである。
「母がすべてだった」とドレイクは笑みを浮かべる。二人は台所で絆を深めた。ドレイクは7歳の時から母親と一緒に料理をしていたのである。「小さな額を持ち歩いているんだけど、そこには『今の私があるのは、何もかも母のおかげ』と書かれています」
今、ドレイクには二つの大きな夢がある。いずれも尽きない料理に対する情熱から生まれたもので、一つは有名な料理を制覇しながら旧66号線を端から端まで旅すること。もう一つは、ホットドッグの自転車屋台を開業することである。しばらく前に始めた『ストリート・ルーツ』の販売収入から、いくらずつ貯金すれば始められるのか、数字はもうはじき出している。
「必ず実現してみせる」とドレイクは言う。「希望がないとみんな言うけれど、希望こそほかの誰にも奪えないもの。この考えも母から受け継いだのだけど、彼女はいつも言っていた。全力を尽くせばなんだってできるって。どんな困難が待ち受けていても、私はきっとそれを回避する道を見つける。でなければ、ドアを蹴破って真ん中を通り抜けるつもりです」

(Sophie Ouellette-Howitz, Street Roots / www.INSP.ngo / 編集部)

※1 キリスト教系の新宗教「末日聖徒イエス・キリスト教会」。セクシャル・マイノリティに対する保守的な考えで知られる
※2 モルモン教徒の多いユタ州は、結婚防護法により同性婚を禁止。13年、連邦地裁が結婚防護法を違憲と判断したものの、ユタ州政府は控訴。現在も同性婚は禁じられている

『ストリート・ルーツ』
●1冊の値段/1ドル(そのうち75セントが販売者の収入に)
●発行回数/月2回刊
●販売場所/オレゴン州ポートランド

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

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