販売者に会いにゆく (旧・今月の人)

西篤近さん

『路上脱出ガイド』で出合ったビッグイシュー 世の中の役に立てる日がいつかは来るんじゃないか そんな希望も見えてきた

西篤近さん

愛猫を亡くして以来、伸ばし続けている長髪と強い目力が印象的な西篤近さん(39歳)は、昨年7月に販売者となった。月曜から金曜までの朝7時半から10時半まではJR新橋駅銀座口コナカザフラッグ前、夜8時から10時まではJR新宿駅南口バスタ前に立つ。
「ビジネスマンが最新号を新聞代わりに颯爽と買っていく新橋とは対照的に、新宿では買い物客から『がんばって』などと声をかけられることが多い。ビッグイシューはスタッフもボランティアも、お客さんも、かかわる人すべてが本当に優しくて、とげとげしかった僕の心も丸くなりました」
西さんは東京で生まれてまもなく九州の佐賀へ。3つ上の兄は好きな絵の道に進み、代わりに両親の期待を一身に背負って県下一の進学校、国立大学へと進んだ。
「そのまま期待通りに大学を出て公務員になるのがいやで、お笑い芸人や競輪選手を夢見たこともありましたね。結局、大学を中退して陸上自衛隊に入りました」
沖縄に配属となった西さんはがむしゃらに働いたが、ある時もめ事に巻き込まれ、閑職へと追いやられた。「ここで冷静になった僕は、仕事以外に趣味を探し始めました。そんな時、ディスコで踊る僕を見た女性がサルサに誘ってくれて、そこで出会ったミュージシャンたちの創り出す世界が楽しくて、一緒に何かやりたいと考えるようになりました」
11年に起きた東日本大震災の際には、被災者への炊き出しと情報収集のために、甚大な被害を受けた宮城県南三陸町に派遣された。そこでも「がんばっているボランティアが疲弊していくのに、それに対して僕らの組織は何もできない」と、西さんのもどかしさは募っていった。
そして35歳の誕生日、ついに自衛隊を退職。ダンスにかかわる仕事を始めようと、東京でインストラクターからレッスンを受けたが、「踊りをダンスという型に押し込んで、お金を稼ぐこと」に抵抗を覚え、沖縄に戻って家電量販店の契約社員として働き始めた。「バーでも開こうと借金もしましたが、結局開店できず、借金は親子の縁を切ることを条件に父が肩代わりしてくれました」
2年半ほど前“すべてを捨てよう”と西さんは沖縄の路上に出た。そこから知人に会うために東京へ飛んだが、帰りの飛行機に乗り遅れてしまった。そのまま手配師に誘われて建設会社で2ヵ月ほど働くが、ひざと腰が悪くて長くは続かず、今度は東京の路上に出た。
「そんな生活が2年も続くと、もうどうでもよくなって、水だけ飲んで野垂れ死のうとしましたが、3週間目に突然眠れなくなりました」
その時に思い出したのが、かつてネットカフェでプリントアウトしていた『路上脱出ガイド』だった。「これを頼りにビッグイシューの事務所を訪ねたら、カレーを2杯ごちそうしてくれて、経歴書の趣味の欄に『踊り』と書いたら、スタッフが『新人Hソケリッサ!』(※)の活動を紹介してくれたんです。翌日、販売を終えて稽古を見に行くと、そこには僕が目指していた世界がありました」
今では月に4、5回は稽古に顔を出し、各地を巡るツアーにも必ず参加。「今は踊っている時と、さまざまなボランティア活動をする人たちとかかわっている時が、生きていることを実感できる一番充実した時間です。路上でしかできないことって、こんなにあるんだと驚いています。自分が世の中の役に立てる日が、いつかは来るんじゃないかという希望も見えてきた。自分に何ができるのかがわかったら、昔の仲間と沖縄の街を盛り上げていきたい」

※ 路上生活経験者による、ダンスを主とした身体表現を行うグループ。

(写真クレジット)
Photos:横関一浩

(写真キャプション)
JR新橋駅銀座口コナカザフラッグ前にて

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

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