販売者に会いにゆく (旧・今月の人)

小川恒さん

雑誌販売歴は通算7年。つらいと感じることも多いが ビッグイシューにはいい意味での魔物がいる

小川恒さん

「雑誌が売れるかどうかは、売り場の客層なんです。昔は大阪市内の売り場が売れたけれど、今は郊外も売れますね」
 開口一番、そう語るのは奈良県のJR王寺駅南口で販売する小川恒さん(53歳)。2年のブランクを経て、14年からビッグイシューに復帰したベテラン販売者の一人だ。大阪のベッドタウンでもある王寺駅は、主婦層など40代以上のお客さんが中心。特に平日は約8割が常連客で、誰がいつごろ売り場の前を通るかほぼ頭に入っているため、販売の予測もつきやすいという。販売時間は朝9時~夜19時頃で、週6日。火曜日だけは自ら開拓した大阪・河内松原駅の売り場に立ち、こちらも王寺並みに売れるという。
「1日の売上げは平均17冊ぐらい。それでどうにか西成のドヤに泊まれる。特に王寺駅はビッグイシューの売れ行きが悪くなる8月でも安定的に売れるので助かりますね」
 京都の出身で、若い頃は調理師として働いた。歯車が狂い始めたのは30歳を過ぎた頃。転職の採用が厳しくなり、ギャンブルなどでつくった借金もあって、西成へ。それ以降は日雇い仕事で食いつなぎながら、住み込みの期間工や派遣で働く日々だったが、リーマンショックを機に派遣登録さえ難しくなり、行き場を失った。
「40歳ぐらいの時には父親も亡くなってね。すでに両親は離婚していたけど、何かあった時には父を頼ることもあったので、そこからは天涯孤独。リーマンショックの影響もモロに受けました」
 2009年にビッグイシューに初登録してから、雑誌販売歴は通算7年に及ぶ。朝から晩まで立ち続けるこの仕事はつらいと感じることもあり、出勤の電車の中では「このまま奈良公園まで行って鹿とたわむれたい」と現実逃避の気持ちが頭をもたげる時もあるが、それでもやっぱり売り場に立っているのだという。
「なんというか、不思議な魅力があるんです。よく『甲子園には魔物がいる』って言うけど、ビッグイシューにはいい意味での魔物がいるというかね。やっぱり誰かのお世話になるんじゃなくて、自分で雑誌を売ったお金で晩御飯を食べる方がおいしいし、他の販売者も言っているように、最終的にはお客さんの励ましが力になるんです」
 販売者として働く間には、熱中できることもできた。オリックスバファローズの応援に行くのが今の生き甲斐で、球場では顔馴染みになったファンたちと声を上げて熱くなる。年に数回のこの楽しみがなければ、ビッグイシューも続けてこられたかどうかわからないという。
「昔は阪神ファンだったけど、優勝を狙えるチームになったから、今度は弱いオリックスがほっとけなくて。ほんと負ける時は無様ですからね。でも応援はけっこう凝っててカッコいいし、なによりBクラスのチームが常勝チームになるまでを応援するのが楽しい。60才になるまでに優勝してほしいですね(笑)」
 これからのことは、いつかは卒業したいと思うものの、年齢的にはなかなか難しいと感じている。ただ、ビッグイシューを売るようになってから子どもが好きになったこともあって、保育園の年長さんぐらいまでの子どもとかかわれるような仕事ができればと漠然と考えている。そして「これは叶いっこないんだけど」と前置きして、遠慮がちに小さな夢を教えてくれる。
「もうちょっと若かったらオリックスの球場で働きたかったですね。球団マスコットの着ぐるみの中でも球場の整理係でも何でもいいから、好きなチームのためになる仕事がしたい。それが本当に小さな僕の夢です」

(写真クレジット)
Photos:木下良洋

(写真キャプション)
JR王寺駅南口にて

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

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