販売者に会いにゆく (旧・今月の人)

富沢一弘さん

いまさら引き下がれない。お客さんがいる限りこの仕事を続けたい

富沢一弘さん

大阪・堺市で販売を行う富沢一弘さん(46歳)は、ビッグイシュー創刊号から携わっている古株の販売員。持ち場は地下鉄御堂筋線の終点、中百舌鳥(なかもず)駅だ。
初めは淀屋橋に立っていたが、販売員が多いためか売り上げが徐々に減少。大阪駅や難波近辺までを持ち場にする販売員が多数を占めるなかで、「売ろうと思ったら天王寺より南に行くしかない」と考えた。中百舌鳥での販売は半年になる。

中百舌鳥駅、地下鉄と泉北高速鉄道の連絡口が富沢さんの売り場。朝の通勤ラッシュ時には多くの会社員が急ぎ足で行き過ぎていく。走りながらお金を出すお客さんまでいるほど、一分一秒を争う忙しさだという。
仕事をしていて嬉しいのは、いつも買ってくれる常連のお客さんができてくること。「長いこと立っていたら、顔を覚えていただけるんですよ。早い人では、初日から3日目くらいまでには買ってくれはります」と富沢さん。発売直後から一週間くらいは、日に50~60冊くらい売れると語る。

大阪府池田市の出身。クリーニング店の長男で弟が一人いる。家業を継いで経営は人に任せていたが、不景気のため5年前に閉店。家を売り、3年前から路上に出たという。大阪駅でビッグイシュー販売のチラシを見て、「このままではいけない。何かせなあかん」と販売員になることを決意した。「よそに勤めた経験がなくて。人に使われることが苦手だし、時間に束縛されるのが嫌いなタチなんです」
ぱりっとしたチェックのシャツが印象的だ。お似合いですね、というと「元クリーニング店の息子なのでね」と笑った。
これまで、仕事上で辛かったことはあまりないという。「割と初めから、皆さんが買ってくださったので。ありがたいと思いますね」

ぽつりぽつりと、しかし誠実に質問に答えてくれる富沢さん。自分のことをさらけだすのは苦手だという。それでも取材を引き受けたのは、「お客さんが、『このページ(「今月の人」)に早く出てほしい』と言ってくださるもので。いつか順番が回ってくるんやったら、今のうちに出とこうと思って……。これで、お客さんが喜んでくれはったらいいんですけどね」と、照れたような笑顔を浮かべた。

ビッグイシューを販売することの魅力は、いろんなお客さんに会えること。何気ない会話をすることが増えてきたので、それが嬉しいという。
お客さんとのやり取りのなかで気をつけていることは?と聞いてみた。「特にはありませんが、代金をちゃんといただいて、間違えずにきっちりとお釣りをお返しすることですね」。いわば商売の基本だが、まずはそこを徹底させていると言う。
もう一つ心がけているのは、お釣りを十分に用意すること。100円玉30枚くらいは常に用意しているという。売り場の近くにコンビニがあるので、千円札がある程度たまったらドリンクなどを買ってくずすようにしている。

将来の夢は特にないという。「夢というのは、なかなかつくられへんもんでねえ……」と呟いた。強いて言えば、ゆっくり旅行に行きたい。「飛行機は苦手なので、列車でのんびり国内を旅したい。温泉なんかいいですね、ゆっくりできてね」
弟さんとは時折、電話で話すそうだ。「母は大阪のどこかにいるそうです。これを見てくれたらいいんですが。これでも、古き良き時代はあったんですよ。池田で1、2を争うクリーニング店の長男でしたから。今はクリーニング店はしんどいですけどね」

今後の目標は貯金をしていくこと。でもなかなか貯まらないんですよ、と苦笑する。販売員を辞めていく人も多いが、お客さんがおられる限りビッグイシューの仕事は続けたいと富沢さんは話す。「今さら引き下がれないですから」と何気なくいうが、その言葉からはこの仕事を続けていくのだという強い意思が伝わってくる。
大阪市内から離れた販売場所を自分で開拓した富沢さん。売り場に愛着と誇りを持って、今日も自然体で立つ。

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

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