販売者に会いにゆく (旧・今月の人)

山本新一さん

この仕事は自分にぴったり、道をそれた僕にとっては心の拠り所。温泉に入れる日を増やし、お金を貯めてアパートに入りたい

山本新一さん

 できあがったばかりの赤い販売用のベストを着て、大阪の京阪・枚方駅南口に立つのは山本新一さん(59歳)。この場所で販売を始めてから約1年。「顔見知りのお客さんも増えてきて、がんばってねとか風邪ひかないようにねとか声をかけてくださるので、いつも励まされています」と笑顔を見せる。
「実はね、脚の付け根を骨折してしまって入院とリハビリで春から3ヵ月ほど販売を休んでいたんです。おかげさまでなんとか復活できて、またお客さんの顔を見られるのがうれしくてねえ。少し話ができるだけで、ホッとするんです」
 三重県で生まれ育ち、「子どもの頃はいつも友達と走り回ってるような元気な子だった」という山本さん。高校卒業後は大手製造業の工場で5年ほど勤務した。その後、プレス工や清掃業など、いくつかの仕事を転々とする。「僕にはてんかんの持病があって、若い頃、職場で倒れてしまったことが何度かあったんです。医者から処方された薬を指示されたように飲んでいても、年に2、3回は発作が起こってしまう状態だった。そうすると周りに迷惑をかけてしまうし、職場にもいづらくなって……。いつの間にか組織の中で働くということが、しんどくなってしまってねえ」。治療法が変わったこともあり、ここ20年ほどは発作が起こっていないという。
「実家に帰ったり、仕事を探して都会へ出たりを繰り返しているうちに、年を取って体力仕事は難しくなってきた。実家には妹家族が同居していて、僕がそこにずっといるのも気を遣う。一人でいるのがラクに思えたし、仕事を探すつもりで出てきた大阪で路上生活を始めたのが2年ぐらい前かなあ」
 去年の9月、炊き出しの列に並んでいた時にビッグイシューのチラシを受け取った。「一般的な会社は就業規則があるけれど、ビッグイシューは始業時間も終業時間も休憩時間も自分で決められる。僕にはそういう働き方のほうががんばれるような気がしたし、今の自分でも働けるチャンスがあるのならチャレンジしてみたいと思ったんです」。その後事務所を訪れて、10月から販売者として路上に立ち始めた。
 今、楽しみの一つはゆっくりお風呂に浸かることだという山本さん。「毎日の売り上げから食費と販売場所までの往復の電車賃、次の仕入れなどを考えて、まずはネットカフェに泊まれるかどうかを考えるんです。ネットカフェで休むことは、自分へのささやかなご褒美。さらに売り上げに余裕があった時は、1回数百円の天然温泉へ行くんです。疲れた身体がほぐされて、次の日からまたがんばれる気がするんですよ」
 ネットカフェに泊まれる時にはインターネットでゲームをしたり、情報収集をしたりするという。「新しい号が発売になる前に特集内容を自分なりに調べて、お客さんに質問をされても答えられるようにしてるんです。271号の特集『エクセルギー』も事前にいろいろ調べましたねえ(笑)」
 さらに、ツイッターやフェイスブックも始めた。「人づき合いがあまり得意ではない僕でも、世界中に向けて思っていることを伝えられる。こんな僕のつぶやきに誰かが反応してくれると、一人じゃないという気がしてうれしくなるんです」
 来年の1月には還暦を迎える。「これといって目標はとくに定めてないんだけど、お金を貯めてアパートに入りたいという気持ちはやっぱりある。そしてできればパソコンも買いたいな。この仕事は自分にぴったりの仕事だと感じてるし、どんな状態であってもいつからでも始められるというのは、道をそれちゃった僕にとっては心の拠り所でもある。これから寒くなってくるし、温泉に入れる日を増やせるように、僕なりにまだまだがんばりますよ(笑)」

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

この記事が掲載されている BIG ISSUE

274 号(2015/11/01発売) SOLD OUT

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