販売者に会いにゆく (旧・今月の人)

『ビッグイシューロンドン版』 元販売者 マーク・デンプスター

元麻薬密売から、依存症のカウンセラーへ 「自己放棄していた最悪の状況でも、抜け出すことはできる」

『ビッグイシューロンドン版』 元販売者 マーク・デンプスター

ハーレー通りの赤信号で黒い大きなハーレーダビッドソンにまたがり、アイドリングをしていたマーク・デンプスターは、サングラスから目をのぞかせ、がっしりした手を差し出した。ロンドンの賑やかな騒音やバイクのエンジン音にも負けず、グラスゴー出身の彼の大きな声が聞こえてくる。
 50歳のデンプスターは、元麻薬密売人で薬物依存症だったが、現在では依存症のカウンセラーとして英国で最も権威のある人物だと称されている。彼の話を聞いていると、まるで『長く熱い週末』や『ウィズネイルと僕』の映画を観ているようだ。酒や薬物におぼれ、テロリストや無法者、無精者たちに囲まれた生活─。
 彼は1964年にグラスゴーで生まれた。愛情の冷めた夫婦の間にできた一人っ子だった。産業の衰退が進み、建物は半壊し、路上は荒れ果て、連続殺人者「バイブル・ジョン」の事件で知られるその町で、彼は貧乏な幼少時代を過ごした。彼の父親エディは、暴力をふるうアルコール依存症で、かつては飲酒運転で友人を死に至らせたこともあった。
 しかしそれでも父親は、盗難車を乱暴に乗り回すことをやめなかった。デンプスターはそんな父を見て、盗みを働き大酒を食らうことが大人の男になることだと学んでいく。14歳で酒を飲み始め、間もなく薬物にも手を出すように。ファスレーン海軍基地で実習を受けるために学校を退学したものの、核兵器禁止運動を支援し、原子力潜水艦に反対するヒッピーたちに刺激を受けたかと思うと、しまいには麻薬の売人になることに興味をもつようになる。彼はスコットランドを離れロンドンに行き、建物を不法占拠して暮らす放浪者たちと暮らし始める。
 80年代の彼は、海外から密輸した大麻やヘロインをさばき、週に3千?5千ポンドも稼いでいた。薬物をスーツケースの中に入れていた時は、空港に着いて回転式コンベアで荷物が出てくるのを待ちながら、誰かに肩をたたかれ捕まるんじゃないかとヒヤヒヤしていたという。「スーツケースを持って税関へと歩いて向かう時には、心臓が胸から飛び出そうなぐらい激しく打っていた。無事通過できた時には、心からホッとしたものだよ」
 1993年、彼はスコットランド人の友人であるポールより、ビッグイシューの販売者になることを勧められ、ロンドンの中心部で雑誌を売り始めた。これが希望の光に近づく第一歩となった。「ビッグイシューは自分が立ち直るためのきっかけを与えてくれた。あのまま破天荒な生活を続けていたら、命を落とすのも時間の問題だった。たとえ今を生きていたとしても、次の瞬間に死んでもおかしくない状況だった」
 ビッグイシューを勧めてくれたポールは、さらに全寮制のリハビリセンターに入ることも提案してくれた。昨年12月4日、彼は薬物を断って満18周年を迎えた。この記念すべき日に、彼は依存症の人々に向けて書いた著書『The Ongoing Path(道は続いてゆく)』を発売。そこには彼がリハビリセンターで暮らしていた頃、一所懸命に学んで努力し続ければ、自分は薬物依存症のカウンセラーになれると思い始めたことも綴られている。
 現在デンプスターは二人の子どもを授かり、売人をしていた頃にはまったく考えられなかった父親の役割を真摯に果たしている。2012年に父親のエディが亡くなったが、その前に和解することができた。父の飲酒もやめさせ、しらふな状態のままこの世を去っていくのを見届けた。
 今の彼は、しっかりと過去と折り合いをつけているように見える。過去に犯した多くの行動を恥じながらも、その過去に自分が打ちのめされないようにしているようだ。しかし、昔の自分に戻るのは容易であるということを、今でも心に留めている。プロフェッショナルの仕事をこなし成功を収めている自分と、路上で針を腕に刺しながら死んでいく自分は紙一重だと。
 でも、とデンプスター。「暗闇や絶望に陥り、自己放棄していた最悪の状況でも、自らの意志でそこから抜け出すことはできるんだ」

『ビッグイシュー ロンドン版』
1冊の値段/2.5ポンド(約450円)で、そのうち1.25ポンド(約225円)が販売者の収入に。
販売回数/週刊
販売場所/ロンドンはじめ、イングランド各都市

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

この記事が掲載されている BIG ISSUE

258 号(2015/03/01発売) SOLD OUT

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