今月の人

上野誠さん

今はお酒やギャンブルを断てている。 ビッグイシューではおもしろいことが起きる気がする

上野誠さん

東京国道事務所の調べによると、1日に43万人が利用する新宿駅南口。改札を出て甲州街道を渡る横断歩道の脇が、上野誠さん(43歳)の場所。販売を始めて2ヵ月が経ち、「やっとお客さんに認められた感じがする」と顔をほころばせる。「フレンドリーに話しかけてくれるようになったし、人の顔を覚えるのが苦手な自分でも顔がわかる人が増えてきた」
喜怒哀楽を素直に表す上野さんだが、本人いわく「人間不信で被害妄想のひねくれ者」だそう。4月の半ばに東京事務所の登録説明会へ足を運んだ折にも、「『どうせ自転車操業になるんだろ』と、すごい斜にかまえて行った」と当時の心境を吐露する。「土曜日なら、話にならなくても飯を食わせてくれるし」。東京事務所では毎週土曜日の午前中に軽食つきで販売者登録会をやっており、そのことは炊き出しなどで配布しているガイドやホームページにも明記されている。
上野さんは、生まれてから30代後半までのほとんどを北海道で過ごした。高校卒業後に進んだ地元の専門学校で電子工学を専攻するも、「授業がもう、わけわからんの。やりたかったのは同じコンピュータでも機械の作り方じゃなくて、情報処理だった。入る科を間違えた」とドロップアウト。夏休みを過ぎた頃には、ニートのようになっていた。土日だけ競馬場で警備のアルバイトをしているうちに、「もっとやるか?」と誘われて輓曳(ばんえい)競馬の移動警備の職に就く。「このころが、世間的には一番安定していたかな。仕事をしていたから」
20代前半の丸5年は、巡回開催される輓曳競馬とともに各地へ出向く警備員生活を送る。その後「これからは機械警備の時代だ」と異動した先で、上司と衝突。警備員の職に見切りをつけるものの、数年はいろいろ試してもうまくいかない生活が続いた。「2~3年おかしなことをしたあとに、『何とかせねば』とタクシーの二種免許を取ったんだけど……」。当時の上野さんは警備員時代から続く飲酒グセに加え、ギャンブルにも手を出すようになっていた。「薬物以外のいろいろな依存を経験して、最後にギャンブル依存に行き着いたんだよね」。パチンコや競馬に夢中になり、タクシーの売り上げを使い込んでしまって、失職。アルコール依存症の福祉施設に入ったり、製造業の仕事を転々としたりして、東京にたどり着き、路上生活を始めることになる。
「炊き出しに並んでいる時に、後で食べるためにカバンと一緒に置いてたパンがカラスに荒らされて……。『わあ! 俺、カラス以下かよ!』って」。衝撃を受けた上野さんは、弁護士が同席する相談会へと足を向けた。中野で生活保護を受けることになり、3年の月日が過ぎる。だがケアワーカーへの被害妄想が膨れ上がり、衝動的に飛び出てしまう。去年の年末のことだった。
「ビッグイシューは、変な被害妄想が出なくていい。精神的には、すごく安定している」と、上野さんは言う。販売を始めて2日めに代表から言われたひと言で、とても救われたそう。「ぼちぼちでいいからね」と。スタッフはみな親切だし、販売者仲間も距離感が心地よいと上野さんは感じている。「販売者の行動規範の影響もあるかな。悪態をつかない、とか」。行動規範とは、販売者が事務所との間で結ぶ約束。割り当てられた場所で販売をする、酒や薬物の影響を受けたままの販売はしない、ほかの人と売り場について争わないなど、8項目が定められている。「少なくとも、自分にとっては大きいと思います」
大雨の日と持病のてんかんなどで病院に通う日以外は毎日、平日の朝8時半~17時と土日祝の9時~16時に、上野さんは新宿南口に立っている。最近は新号が出ると、自分の気持ちをつづった一枚の手紙を添える試みを始めた。「買ってくれる人に何かしたいなとは思っていたんだけど、手紙を挟んでいる人がいるって聞いて」。ペンネームの「シーロ」は、販売者登録番号の416から取った。すると、ある日お客さんが寄ってきて言った。「シーロさん、がんばってください」。最初は自己紹介だけだった手紙も、ネタに悩みながらも書き続けて数回になる。
今は「ビッグイシューのほうがおもしろいことが起きる気がする」と、お酒もギャンブルもすっかり断つことができている上野さん。将来について訪ねると「自分の場合は夢を語るとぶっこわれちゃうんで、言わないようにしています」と、大真面目な顔で答えてくれた。

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

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