販売者に会いにゆく (旧・今月の人)

フランス『マカダム』誌販売者、フィリッペ・ムイヤードさん

「何者でもなく、何の力もない」自分でも、 何かできるかもしれない!と思わせてくれた

フランス『マカダム』誌販売者、フィリッペ・ムイヤードさん

パリを中心に、リヨンなどフランス全土の20都市で販売されているストリート・マガジン『マカダム』。カーラ・ブルーニ前フランス大統領夫人も、その働きに感銘を受けてサポートを申し出るなど、パリではよく知られた存在だ。最近では、フランスを代表するサッカー選手で、本人役で出演した『エリックを探して』('09)が世界的ヒットとなった、エリック・カントナも表紙を飾った。
パリの販売の卸拠点となっているのは、1945年から貧困問題に取り組んでいるNPO「Secours populaire fran?ais」の事務所の一角。地下鉄8号線の「St-Sebastian Froissart」駅を降りて徒歩10分のこの仕入れ場所に、毎日ひっきりなしにパリ中の販売者がやってくる。
そのうちの一人が、フィリッペ・ムイヤード(48歳)だ。「売り場は?」と聞くと、「パリ中の路上と、地下鉄の駅さ」との答え。自主性を重んじる『マカダム』誌は、販売場所も個人の裁量に任されている。これも、ストリート・ミュージシャンや露天商などで賑わうなど、パリの路上や地下鉄が市民に開かれているおかげだろう。
「一度、地下鉄で1日に96冊売ったことがあるんだよ!」と自慢げなフィリッペ。「時にはパリの郊外に出かけることもあるんだ。大きなイベントがあると聞けば、その会場に向かうこともあるしね。郊外の方が、人がオープンで気さくだからね」
高校卒業後、20代の頃からウェイターや露天商などをして生計を立てていたフィリッペが『マカダム』誌と出合ったのは95年のこと。「パリには、映画専門誌などストリート・マガジンはたくさん売られているんだけど、質はそんなによくなかった。その中で、『マカダム』誌は目立った存在だった。一読し、記事がポジティブでおもしろいと思ったし、『何者でもなく、何の力もない』と感じていた自分でも、何かできるかもしれない!と思わせてくれた。だから、この雑誌の販売者になってみたいなと思ったんだ」
パリに15人いる『マカダム』誌の販売者だが、そのほとんどが40代以上で、長期の失業状態にあるか、過去の依存症や病気で苦しんでいる人たちだという。
スタッフのキャロラインは語る。「偏見はどこの国でも似たようなもので、人々は単純に『なぜこの人は路上に出なければならなかったのか?』その理由や『路上から社会に復帰しようと努力している』現状を知らないために、ホームレスの人々を怖がったりするんです。でも、最近は景気が悪く、誰もがいともたやすく人生から転げ落ちてしまうことがあるということを、幸か不幸か理解し始めているようですね」
世界のストリート・マガジンは、原則ホームレスの人々によって販売されているが、『マカダム』誌では、ホームレス状態ではなくても、生活苦を負っている人の販売を認めている。 「一度ホームレス状態に陥ってしまうと、路上から社会に復帰するのは本人にとっても過酷な挑戦となります。だからこそ、生活苦にあえぐ人々が路上に出る前に、『マカダム』で蓄えを得て、早い段階で社会にまた復帰してほしいと思っているんです」
実際、16歳と9歳の子どもと妻を抱えるフィリッペにとっては、『マカダム』誌での売り上げが家計を支えるのに欠かせないものになっているという。「8時には販売を終えて、父の顔に戻る。子どもたちの宿題を見てやるのが楽しみなんだ」
最近フィリッペは販売者のリーダーという役を任された。「僕の役回りは、販売者と編集チームとの橋渡しを務めること。『この号はお客さんの反応がよかったな』とか『いまいちだったな』というのを販売者から聞き出して、それを編集スタッフに伝えるんだよ。それに販売者同士の絆を強めるために、頻繁に会えるようなイベントを企画したりもしている。こんな役を与えてもらったら、仕事にも張り合いが出るよね」と言って、フィリッペはにこやかに笑った。

1冊の値段/2ユーロ(約250円)で、そのうち1ユーロが販売者の収入に。
販売回数/月1回刊
発行部数/約1万部
販売場所/パリ、リヨンなどフランス国内の20都市にて。

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

この記事が掲載されている BIG ISSUE

210 号(2013/03/01発売) SOLD OUT

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