販売者に会いにゆく (旧・今月の人)

ニュルンベルク『シュトラーセン・クロイツァー』誌販売者、ベルトラム・ザックスさん

仕事にはストレスがつきものだけど、 この仕事にはネガティブなストレスがない

ニュルンベルク『シュトラーセン・クロイツァー』誌販売者、ベルトラム・ザックスさん

中世の時代から商業の街として栄え、ワーグナーのオペラ『ニュルンベルクのマイスタージンガー』の舞台としても知られるニュルンベルク。この豊かで文化の香りただよう街でストリートペーパー『シュトラーセン・クロイツァー』が創刊されたのは18年前のこと。ドイツでも古株のストリートペーパーだ。ベルトラム・ザックスさん(54歳)は10年前から同誌の販売者として仕事をしている。そしてベルトラムさんは、「販売者代表」というもう一つの肩書きももっている。
「ストリートペーパーの販売は、お客さんと販売者の交流が密接である分、トラブルも多いのです。新入りの販売者には教育も必要です。販売者代表のおもな仕事はクレーム対応と新人販売者教育、それから週に2時間『シュトラーセン・クロイツァー』の事務所で販売者のための相談窓口を開いています」
新人販売者には、最初はまずとにかくお客さんに覚えてもらうために、1日5時間は同じ場所に立つようにと教えるのだそう。それに加えて、本当にちゃんとその場所に立っているか、定期的な巡回チェックも行う。
販売者代表としての報酬は月100ユーロ。その仕事の合間を縫って彼自身も販売者として路上に立つ。そんなベルトラムさんの販売手法とテリトリーはなかなかユニークだ。
「僕が好んで販売する場所は、コンサートホールやオペラ座、劇場の前。たいがい夜の演目の時間に合わせて立ちます。開演前と終了後の短時間が勝負なので、もう1人の販売者を相方に連れていって、2人で組になって売ることも多いんですよ。そうすると、1人で売る時の2倍売り上げることができます」
芸術や文化に関心のある客層の間では、ストリートペーパーに対する認知度も高いのだとベルトラムさんは語る。逆に売り上げがさっぱりだったのは、サッカースタジアム前での販売。
「サッカースタジアムというのは、雑誌を売りに行く場所じゃなくて、試合を観に行く場所だというのがわかった」と笑うベルトラムさんは自身も熱烈なサッカーファンだ。
ベルトラムさんは「コンサートホール前のおなじみの販売者さん」として知られており、ニュルンベルクの地元オーケストラの支配人や団員とも顔なじみ。彼らが近郊で出張コンサートをする際にはなんと、団員と同じ劇場用のバスに同乗させてもらって「出勤」するという名物販売者でもある。
「いつかやってみたいと思っているのが、タキシードを着てコンサート会場前で販売すること。ウケるだろうなぁ」
一度、常連客の一人がお古のタキシードを譲ってくれたのだそうだが、恰幅のいい人だったのでサイズが大きすぎ、結局タンスの肥やしになってしまっているそうだ。
ベルトラムさんは、ニュルンベルクの北西部にある町、ヴュルツブルクの出身。両親と妹という構成の「ごくふつうの労働者の家庭」で育ったという。義務教育を終えてからすぐお菓子職人の見習いを始め、正規の職人になった。一方で、趣味のオートバイに没頭して、稼いだお金をすべてオートバイに入れ込むようになる。そうすると、お菓子職人の仕事では追いつかなくなり仕事をやめた。さらにその時加入していたバイカークラブが、ドラッグの販売や売春のあっせんなどの犯罪組織とも結びついており、ベルトラムさんもお金ほしさにドラッグの販売に手を染めるようになっていった。
「幸いなことに、僕自身はドラッグの常習者にはならなかった。でもあの時は月1万ユーロ以上稼いでいたけれど、いつ逮捕されるかいつも不安で不安でしょうがなかった」
そして24歳の時、すべてを断ち切りたくて生まれ故郷の町を出て、ニュルンベルクにやって来た。その後は倉庫係の仕事をして、以前とは打って変わって地味な暮らしをするようになったという。やがて結婚して、庭付きの家に住んだ。しかし、10年前、勤めていた会社が倒産した。その少し前には離婚もしていた。
仕事も家庭も失い街を歩いていた時に、道で知り合った販売者さんと友だちになり、販売者の仕事を勧められたという。
「最初は本当に、次の仕事が見つかるまでの腰掛けのつもりだったんです。でも、やり始めたら楽しくて。何人かのお客さんは本当にいい友だちで、仕事が終わった後によく一緒に飲みに行ったりします」
『シュトラーセン・クロイツァー』とは「道を行く人」という意味なのだそう。脇目もふらず人生の道を行ける時もあれば、行き先を見失ってうろうろしてしまうこともある。それは私たちすべてに当てはまる名前だ。
ベルトラムさんは他の仕事に就くつもりはなく、今後も『シュトラーセン・クロイツァー』の仕事を続けていきたいという。ベルトラムさんは月平均で400冊売り上げ、その他の収入も加えて、一切の社会福祉手当を受けずに生活している。
「どんな仕事にもストレスはつきものだけれど、この仕事にはネガティブなストレスがない。いい雑誌を売って、お客さんも販売者もうれしい。誰に恥じることもない。最高じゃないですか」

『シュトラーセン・クロイツァー』
1冊の値段/1.80ユーロ(約180円)で、そのうち90セント(約90円)が販売者の収入に。
販売回数/月刊
発行部数/1万4000部
販売場所/ニュルンベルク

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

今月の人一覧