販売者に会いにゆく (旧・今月の人)

『ビッグイシュー・台湾版』販売者 王曉萍さん

『ビッグイシュー・台湾版』販売者  王曉萍さん

台湾・台北市の忠孝復興駅前は、デパートの「SOGO」や、ロレックスなどのブランド店が軒を連ね、いつ訪れても観光客や買い物客でにぎわっている。ここを売り場にしているのが『ビッグイシュー・台湾版』の販売者、王曉萍さん(67歳)だ。
台北で街をぶらぶらしていると、オレンジ色のベストを着たビッグイシュー販売者さんを見つけてうれしくなり、思わず駆け寄って近づいたのが王さんだった。
『ビッグイシュー日本』の者ですと身振り手振りで説明すると、「おおーっ!」と大歓迎ムード。ここに座りなさい、と近くのベンチを勧められた。
台北の春は、気温が30度になる日が多く、この日も汗ばむ陽気。それで二人で、スイカを食べながら、おもむろに漢字で筆談を試みてみた。そのペンでの会話の中で、王さんが「北海道・室蘭」「神戸」「新潟」「名古屋」と、いくつも日本の都市を書いてみせ、「知ってるか?」というふうにペンで字を指し示す。思わずこちらも負けじと「大阪」と書き込むと、「ターパン、ターパン!」とうれしげに頬を緩ませた。
続けて王さんが大事そうにカバンから出したのが、白黒で少し擦り切れた若かりし頃の写真。角刈りで、きゅっと結ばれた意志の強そうな口元。じっとこちらを見据える瞳。「この人はどういう人生を送ってきたのだろう?」―がぜん興味をひかれ、翌日、今度は「ビッグイシュー台湾」のスタッフとともに、王さんの売り場を訪ねてみた。
遠目から私たちに気づいた王さん。大きく手を振る。
台湾南部の屏東で、王さんは、1人の妹と4人の弟とともに生まれ育った。父は兵士だったという。「父にあこがれて私も兵士になりたかったんです。それで、軍人学校に通っていたんだけど、いろいろ悪さをしたら退学になってしまいました」。当時を思い出してか、いたずらっぽく笑う。
家は貧しく、王さんは早くから家計を助けるために働き始めた。基隆にある発電所での仕事が初めての就職だったという。その後は職を転々としたが、34歳の時に一念発起して、台北でシェフになるための資格を取り、1978年、商船のシェフという仕事に就いた。
「当時はアジアから、ヨーロッパ、アフリカまで、いろんな都市を回ったよ。日本も、北海道の室蘭から神戸までいろんな港に着いたけど、一番覚えているのは神戸かな。あそこには確か、大きな時計台のある公園があったよね」
各都市には2~3日しか停留しなかったというが、この頃の思い出は、王さんの心に鮮明に残っているようだ。
07年、台湾を出港し、名古屋、マレーシアを回って帰国したのを最後に、王さんは船を降りた。船での生活に身体がついていかなくなっていた。64歳だった。 その後、ペットボトルや古新聞などを集めるリサイクル業をしばらく続けていたが、社会福祉センターで「ビッグイシュー台湾」のことを知り、10年8月からこの雑誌販売の仕事をしている。
高齢のうえ、腰も少し曲がっている王さんに、この立ち仕事は決して楽ではないと思うのだが、いつ会っても笑顔を絶やさない。「お仕事大変じゃないですか?」と水を向けても「いやいや、この仕事は大好きだよ。いろんなお客さんと話ができるのは楽しいし、スタッフは優しいし」と常に前向きだ。
「ビッグイシュー台湾」の販売担当のスタッフ、キラに聞いても、「いつSOGO前に行っても、王さんは元気に雑誌を販売していますね」と語る。
そんな王さんの仕事に対する原動力を与えてくれているのが家族だ。王さんには中国本土から来た奥さんと、6歳になる息子がいる。
「ビッグイシューの仕事が、人生を変えてくれたといっても過言ではないね。今はこの仕事で家計を助けることができるのが何よりの喜びですね」
そう言うと王さんは、「謝謝!」と握手を求め、また売り場へと足早に戻っていった。

『ビッグイシュー・台湾版』
1冊の値段/100台湾ドル(約280円)、そのうち50台湾ドルが販売者の収入に。
販売回数/10年4月の創刊時から月1回刊。
発行部数/1万5千部 販売場所/台北

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

この記事が掲載されている BIG ISSUE

171 号(2011/07/15発売) SOLD OUT

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