販売者に会いにゆく (旧・今月の人)

中山秀次さん

二度の会社経営と失敗。苦労はしたけど、後悔はしてない。本気で再挑戦するよ

中山秀次さん

“売る”という仕事に関しては、販売者の中でも随一の経験をもっている一人かもしれない。大阪市営地下鉄・淀屋橋駅の1番出口に立つ中山秀次さん(60歳)は、過去に勤めた会社でトップセールスを記録したこともある元敏腕営業マン。 「学校を出て最初に就職したミシン販売会社で、好成績をあげてね。すぐに他社から引き抜きの話が舞い込んだ。転職先は教材販売会社で、そこでも全国上位の売り上げを記録したよ」

20代にして高収入を手にしたものの、「その後は山あり谷あり。安定した暮らしとは対極にある、チャレンジ続きの人生だった」と振り返る。仕事面で成功を収めたものの、離婚を機に全財産を奥さんに譲り、生まれ育った大阪から愛知へと裸一貫で渡った。新天地ではパチンコ店のアルバイトから始めたが、営業マンとして活躍した経験を徐々に発揮し、数年後には婦人下着を販売する会社を経営。

「家を建て、外車に乗り、家族にも何不自由ない生活をさせてあげられた。だけど、2回目の離婚をすることになって、この時も全財産を奥さんへ渡したんだ。すべてをリセットしたかったし、俺はまたゼロからでも立ち上がることができると信じていたからね」

そうして、また何もないところから出発することになった中山さんは群馬へ。この時30代半ば。リフォーム会社に就職し、すぐに営業成績を伸ばした。 「心がけていたのは、納得して契約してもらえるように話すこと。その人の親きょうだいがその場にいたとしても、その誰もが『いいものだ』と安心できるように真摯に向き合うことが大切なんだ。だから、契約した後にキャンセルとか解約とか、そういうのはほとんどなかったよ。信頼してもらえることが、商売では一番重要なことだからね」

営業マンをしながら起業のための資金を貯め、再び自分で会社を立ち上げた。 「歯を食いしばりながら、ようやく始めた事業だったんだけど、信頼して可愛がっていた部下に裏切られてね。会社の財産を全部持っていかれてしまったんだ。これで俺は気力を失って、もう何をする気にもなれなくなってしまったんだよ」

あまりにも精神的ショックが大きすぎ、体調まで崩してしまう。財産をすべて失ったこともあり、20年ぶりに大阪へと戻った。 「大阪へ帰ってきても、体調は完全には戻らないし、ショックも引きずっていてね。何をしても仕事にならなかったんだ」

心身ともに仕事ができる状態ではなく、簡易宿泊所で寝泊まりする日々を送る。ある日、炊き出しに並んでいる時にビッグイシューのことを聞き、「これなら今の俺にもできそうだ」と販売者に。創刊2号から販売を始め、約6年が経った。 「声を出して売り込まず、お客さんと必要以上に言葉を交わさないのは、いい意味でお客さんとの距離感を保つため。いろんな事情で買えない時もあるでしょ。そんな時にも、お互いに気にしないでいられるようにね。でも、再び買い始めてくれるお客さんも多いんだ。いつも感謝の気持ちでいっぱいだよ」

声は出さなくとも、「耳の不自由な方にもわかるように」といつも身体にはビッグイシューのパネルを下げる。服装も整え、髭もきれいにそる。 「雨の日でも炎天下でも、売るためにただひたむきに立つ。仕事として真剣に向き合っていることを行動で示したいからね。ただ、これまでは心も身体も完全な状態じゃなかったから、休む日も少なくなかった。でも今、6年かかったけれど体調もよくなってきたし、年末に向けての販売は毎月、目標を立てている。少しずつ貯金をして、また自分で事業を始めたいんだ。本気で再挑戦するよ」

新人販売者に販売のコツを教えたり、おにぎりやお弁当をあげるなど、面倒見のよい中山さん。「苦労はしたけど、後悔はしてない」と、走り続けてきた人生の疲れをこの6年間で自分なりに調整し、新たな一歩を踏み出そうとしている。

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

今月の人一覧