販売者に会いにゆく (旧・今月の人)

O・Sさん

12年間、殻に閉じこもってきた自分。 何でも話せる友だちと、コラボイベントを開催。

O・Sさん

高円寺北口の純情商店街入り口付近で販売しているのは、O・Sさん(50歳)。
「販売しながらあらゆる人とこだわりなく話すので、ここを行き来している人は、もうほとんど顔見知り。自分はもう高円寺の風景の一部になっているのかなという気がします」

「常連さんだけで150人」というOさんが語る販売にまつわるエピソードは、笑いあり涙ありで、まるでワンマン・トークショーを見ているよう。小学5年生の男の子が母親と一緒に来て、バックナンバーを8冊まとめて買っていったという話、「がんばっているお前の姿を見てたら、この雑誌を買いたくなった」と強面(こわもて)の中年男性が感心してくれた話、任侠筋の二人連れが「友だちと飲めや」と言ってワインを1本置いていった話など、ネタは尽きない。Oさんがお客さんとのこうしたやりとりを書き留めてきた販売ノートは、半年で5冊目になったという。

中でも印象的なのは、このエピソードだ。近くの商店で買物を終えた60歳ぐらいの女性が、販売に励むOさんの姿をじっと見ていた。しばらくすると近寄ってきて1冊ほしいと言う。五百円玉を出されたので、おつりの二百円を渡す。すると、そのうちの百円玉1枚がOさんの手に返された。普段はおつりをそのまま受け取らないOさんだが、その時は断れなかったという。

8月28日には上北沢のゴキゲンヤという店で、3人がコラボレートした初のイベントを開催予定。Oさんと映画監督の出会いから生まれた自主制作映画を初公開する。
「苦労の多い人生だったのだと思います。彼女の顔にはそれが刻み込まれていました。自分も裕福ではないけれど、互いにがんばろうという気持ちが込められた百円。『少ないお金だけれど、分かち合いましょう』という声が聞こえた気がして、その瞬間に涙がボロボロ出てきて、止まらなくなってしまって……」

そんな話をするOさんの顔にもまた、味わいのあるシワがしっかりと刻まれている。幸せな結婚生活を送っていたOさんの人生は、離婚してから一転。この12年間は、失意と孤独の中にあったという。

Oさんは長崎県佐世保市出身。30歳の時、期間従業員(今でいう派遣社員)として工場で働いている時に知り合った女性と結婚した。
「結婚生活は本当に楽しかった。今でも彼女のことは好きですし、その気持ちは出会った頃と変わりません。自分には子どもが3人いて、いつかは会えるのかもしれないと、どこかでそう考えるから思いとどまるんですよね。『消えてしまいたい』と思ったことは何度もあります。もし子どもがいなかったら、僕はもう死んでしまっていたかもしれない」

7年後に離婚して一人になってからも、あちこちで派遣の仕事をしてきたOさん。一昨年の暮れ、派遣会社の担当者に「紹介できる仕事がどうしてもない」と頭を下げられ、思い切って東京に来た。しかし、まともな仕事は見つからず、昨年の暮れには路上生活を強いられたという。この間、右足のケガで仕事の幅が狭まったりもしているが、Oさんにとって問題だったのは、何よりも、どうにも埋めようのない孤独感だったようだ。

1月中旬に始めたビッグイシューの販売は順調にスタートしたが、何度か行き詰まることもあった。一所懸命なだけに売り上げが伸びないと焦り、「販売が終わって一人になると、どうしようもなく落ち込んでしまう」ことも度々だったそうだ。

「実は、少し前に長女と電話で話す機会があったんです。12年ぶりに。それで気持ちにもだいぶ整理がつきました。ようやく新しく『次へ行こう』と思えるようになったんです」

そんな心境の変化と同時に、Oさんが高円寺で築いてきた"人とのつながり"が一つの大きな輪につながろうとしている。きっかけは、高円寺在住の映画監督のタマゴ、そしてミュージシャンとの出会いだ。販売を始めてすぐに常連となった若い彼らと気が合い、Oさんにとって「何でも話せる友だち」になったという。8月28日には上北沢のゴキゲンヤという店で、3人がコラボレートした初のイベントを開催予定。Oさんと映画監督の出会いから生まれた自主制作映画を初公開する。

「ホームレスになったことがきっかけで、身の回りにおもしろいことが次々と起こるようになったのだから、幸運ですよね。『放っておいてくれ』と自分の殻に閉じこもるような12年間を過ごしてしまったけど、ビッグイシューの販売を始めて、自分から人にかかわるようになったおかげで、たくさんのいい出会いに恵まれました。今では僕のことを気にかけてくれる人がいっぱいいて、すごく感謝していますし、これからは自分も誰かの役に立ちたいと思っています」

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

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