販売者に会いにゆく (旧・今月の人)
南匠さん
サッカーの試合、楽しかった。今は一日一日を大切に過ごすことが目標
南匠さん(35歳)は、新宿駅西口ハルク前で7月から販売している。
「しゃべるのが苦手なんで、販売中はあまり声を出さずに無口でやってます」と言う南さんは、確かに快活ではないが無口ではなく、落ち着いてじっくり考えながら話すタイプだ。
販売部数は少し伸び悩んでいるが、「販売していれば誰かが買いに来てくれる」と信じて気長にやっているという。最近は、売れた時間やお客さんの性別などがひと目でわかる販売記録をつけるのが、販売の時間を過ごすなかでの楽しみの一つになっているそうだ。
「この場所は、午前中はほんとに売れないんです。売れ始めるのは昼過ぎ近くになってから。こうして立っていると一日が過ぎるのが早くて、販売に出てくる時、よく冗談でヒマつぶしてくるねって言ったりしてます」
そんな軽口をたたきながらも、南さんは毎日、ほとんど休憩をとることもなく販売場所に立ち続けている。
「ビッグイシューの販売が自分に合っているのかどうかはわからないけど、今が一番楽しいとは思ってます。仲間と話したり、そういう雰囲気がなんだか楽しい。自分から人に声をかけるほうじゃなかったけど、今は新しく入ってきた人に声をかけてあげたりできるようになりましたね」
スポーツ一般が好きで、学生時代には野球やバスケも「遊び程度に」やっていたという南さんは、サッカークラブの練習に、ほぼ毎週参加している。10月に大崎で行われたチャリティフットサル大会のリクルーターズカップにも出場した。「試合に出たのはその時が初めて。勝ち負けに関係なく、参加できて楽しかったです」
南さんは、東京・調布市の出身。料理関係の仕事をしていた父は、南さんが20歳を過ぎた頃に病気で亡くなり、家族は母親だけになっている。高校を出た後、英語の専門学校に入学したが、「特にやりたいことがあったわけじゃないから、ただ通ってただけで勉強もしなかった」。南さんが専門学校を卒業した時は、バブル崩壊後の就職氷河期まっただ中。就職は考えず、30歳頃までは牛丼屋、パチンコ店、建築関係など、アルバイトを転々とした。
その後は短期契約の建築現場などで働いてきたが、昨年の初め頃から急に仕事が激減したため、ビッグイシューの販売を始めた。「ルールはあるけど、一人でやれる仕事なので気が楽ですね。仕入れのお金をやりくりしたり、あまり人に頼らずに自分で考えて行動できる」
南さんには、5年前に実家を出た時から住所がない。家を出た理由は、南さん自身の金銭問題だった。ギャンブルで借金をしているのが母親に知られ、肩代わりしてもらったお金を返すことができなかった。「その頃の生活は、本当にだらしなかったと思う。母親が怒っていいかげんにしなさいと。それで、もう世話にはならないと、家を出ました。それからは一切連絡を取っていません。自分の性格や生活態度が原因だから、人のせいにはしたくない。こうなったのは自分のせいです」
家を出る前は、アルバイト仲間との間でお金の貸し借りをして、返す、返さないというトラブルがしょっちゅうあった。それが原因で、何回も仕事を辞めていると南さんは言う。ある程度の期間働いて、その場の人間関係に慣れてくると、どうしてか、いつも金銭問題が生じて辞めてしまう。ビッグイシューは大丈夫かなと尋ねると、「どうなんだろう。わからない」と表情を曇らせる。
しかし、すぐに気を取り直して顔を上げた。「自信がなくなる時もあるけど、自分に負けたくない。とにかく今は長く続けたいという気持ちがある。簡単にあきらめて仕事を辞めないことが目標の一つでもあるし。とりあえず辞める気はない」と続ける。「その頃の仲間は、ただ仕事上の知り合いっていうだけだった。本当の仲間なら、簡単にお金の貸し借りはしないと思いますよ」
以前は、誘われるままに遊びに付き合ってお金を使い、気がついたら手元には残っていないということがよくあった。今は「余裕がないから」と、はっきり断るようになったという。
「アパートを借りるのは、自分にとっては何年もかかる話。それよりもまず、一日一日をちゃんと生きることが目標かな。最低でも、仕事をして、まともなものを食べて、寝る所を確保して。そういうふうにしていこうかなって」
今の生活を大切にしながら販売を続けていきたいという気持ちが伝わってくる。南さんらしいテンポで、一歩ずつ前に進んでいってほしい。
※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。
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