販売者に会いにゆく (旧・今月の人)
三木敏行さん
アパートが決まったらゆっくり眠って疲れをとって毎日元気な顔で街角に立ちたい
もう一度アパートを借りて、住所を持つ――。もうすぐ、その目標が実現しそうだという三木敏行さん(40歳)。
「今、ビッグイシュー基金のプロジェクトに参加していて、少ないながらも毎月お金を積み立てています。そして、安価な家賃で部屋を貸し出してくださる大家さんなど多くの方々の協力があって、近いうちにアパートに入る目処が立ちそうなんです」
そう言って感慨深い表情を見せる三木さんは、昨年の11月にビッグイシューの販売者となり、現在は阪急高槻駅北側噴水前が担当場所。当初は1日の平均売り上げは約20冊ほどだったそうだが、現在はその倍近くまで伸びたという。
「買いたいけど声をかけづらそうにしている方が結構いらっしゃるんですよ。特に女性は、販売者が男性だと余計に買いにくいんじゃないかなって思って、声をかけやすい雰囲気をつくるよう工夫しています。といっても、つねに笑顔で対応するとか、そういう基本的なことなんですけどね」
こちらの様子をうかがっている人に気付くと、ニコッと微笑みながら「一度ご覧になりますか?」とサンプル本を差し出す。それがきっかけとなり、常連さんになってくれた人も多い。
「今では会社の愚痴を僕に話してスッキリされる方とか、ご夫婦でそれぞれ買ってくださる方とか、本当にいろんな方と知り合いになれました。そんな人間関係が生まれるのも、この仕事の大きな魅力だと思います」
三木さんは広島県の高校を卒業後、地元のコンピューター会社に就職。しかし、学校から紹介されて就いた仕事になかなか興味を持つことができず、3カ月ほどで辞めてしまった。その後、デパートの食料品売場や事務用品の配送など、勤め先を転々としながらのアルバイト生活が続いたが、23歳のときに一念発起して東京へ。
「最初に東京の高田馬場で建築現場のアルバイトをしたところ、真面目な働きぶりをかってもらえて、ある会社に『うちに来い』と誘われました。横浜にある会社で、川崎競馬場とかみなとみらい地区の建物とか、大規模な現場での仕事も多かったですね」
しかし不況の足音が近づき、仕事が激減。30歳で関西に移り住み、京都や大阪の建築現場で働いたが、肌で感じる景気はどんどん悪くなる一方だったという。
「景気に敏感で賢い人は、早々に異業種へ転職していましたね。でも僕はなんとなく周りの雰囲気から抜け出せなくて…。"白手帳(日雇い雇用保険手帳)"を持っていたら、仕事にあぶれたときでも一定のお金が貰えるんで、そこに甘えていたのかもしれません」
それまで稼いだお金もパチンコや競馬に費やしてしまっていた。1年ほど前、いよいよ目の前の仕事がなくなり、相談者でごった返す職業安定所へ足を運んだが仕事は見つからない。求職活動を続けつつ、わずかな貯蓄を取り崩しながら2カ月を過ごした。
「これまでは探せば何かしらの仕事に就けたのに、今はまったくない。どんなに節約して生活をしても、もう次の家賃を払えない。これは本当にやばいと思ってアパートを出ることにしました」
手元にはわずか数千円。路上で眠る日々が始まった。そんなときに、知人からビッグイシューのことを聞き、販売者となることを決めた。
現在、平日は朝8時過ぎから夜の7時頃まで、土日は朝10時ぐらいから夜の7時頃まで街角に立ち続ける。その後は、翌日の仕入れも兼ねて事務所へ向かう。
「もう、1日終わるころにはクタクタですよ。布団で寝るわけじゃないから疲れもなかなか取れません。早くアパートに入って住所を持って、保険証もつくって、毎晩ゆっくり眠りたい。そして、目をショボショボさせずに、さらに元気な顔で街角に立ちたいですね」
今後、販売者としてビッグイシューの売り上げを伸ばすのと同時に、より多くの人に誌面の良さを知ってもらう活動をしていきたいという三木さん。
「スタッフとして全体的な売り上げを管理したり、販売促進のような仕事をしてみたい。他誌では取り上げないような問題もちゃんと取り上げているのがこの雑誌のすごいところ。もっともっと世に広めたいんです」
明確な目標を語る三木さんの表情は明るく、目はしっかりと将来を見つめているように思えた。
※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。
この記事が掲載されている BIG ISSUE
116 号(2009/04/01発売) SOLD OUT
特集生きのびる パートⅡ