販売者に会いにゆく (旧・今月の人)

橋本明さん

毎日綴り続けたメモが「その瞬間」を教えてくれた。1万冊目を今年1月6日に達成

橋本明さん

橋本明さん(60歳)はJR仙台駅から徒歩3分程のところ、アーケード街の入り口近くで2007年8月末から販売を開始。以来、5千冊目を08年4月16日に、1万冊目を今年の1月6日に達成した。他のエリアを見渡せば、販売冊数が彼よりも多い方もいるだろうが、ぴったり1万冊目、という節目を知る販売者は数多くないだろう。もちろん橋本さんも1万冊の販売を目標に始めたわけではない。単に当初、備忘録としてメモを休むことなく記していたことが「その瞬間」を教えてくれた。メモはつけ始めてすぐに橋本流の記載になる。購入した時間・号数・性別・おおよその年齢・交わした話題などを独自の記号も使い、休むことなく日々書き込んだ。

メモも積み重なると、何かしら見えてくるものがある。人の動きにはある種のパターンがある、新号発売時、その前の号は最低20冊確保することなど、備忘録は次第に営業ツールとして大切な記録になっていった。また、多くの人と接することで、人を見る眼も養われ、最近では付近を通る人物が購入してくれるかどうかもおのずと見えるようになってきた。特に女性は8割から9割方、買う、買わないがわかるらしい。日々の経験の重さである。
橋本さんは新刊のほかにも、積極的にバックナンバーを売り込むスタンスでいる。そのためには最新号はもとより、バックナンバーも熟読し、よりよいセールストークや質問にも即答できる企業努力も普段から怠らない。その記憶力はサポートをしている自分を含めた仙台のボランティアも舌を巻くほど。

本人は否定しているが、「(ビッグイシューの販売は)橋本さんの天職なんじゃない?」と周りからの声もよく聞く。時代小説やSFを愛読している活字中毒者であること、社会情勢などに興味をもっていたことが、ビッグイシューの記事内容にも無理なく関心を抱くことにつながった。
その熱心さは営業時間にも表れている。荒天の日や体調の芳しくない時、大晦日と元日を除き、月曜から土曜は11時~13時半、いったん15分程で店じまいを行い、休憩をはさみ、午前と同じように準備をして15時半~18時(夏場は18時半)までが午後の部。ほぼ判を押したように同じ場所、同じ時間に立つ。日曜は午前に教会での定期販売があるため駅前では12時?15時前までの短時間販売となる。
北陸で会社勤めをしていた橋本さんは、倒産で15年程前に失職。その後、新聞勧誘員や麻雀荘従業員などの職に就いたがいずれも長くは続かず、10年程前に故郷の仙台に戻り、戸外で生活をするようになる。複雑な人間関係の煩わしさもあったが、仕事につながる資格をまったくもっていないことが、思うように仕事に就けなかった要因だと振り返る。

橋本さんには小さいものと大きいものの2つの夢がある。小さな夢は住所を持つ、つまりアパート入居を果たすこと。すでに入居できるお金は貯まっているが、入居を継続できる見通しが立たないことには意味がない。それを橋本さんはビッグイシューの売り上げのみで賄いたいと思っている。煙草をくゆらしながら、好きな時代小説を読むのが至福の時だが、今の売り上げでは煙草代や書籍代を脅かしかねない。1ヵ月あたりの売り上げをもう数十冊、できれば100冊ほど増やし、継続できる見通しが立てば、明日にでもアパート入居を果たすだろう。
大きい方の夢は「純粋にビッグイシューが本の中身、コンテンツだけで売れてほしい」ということ。橋本さんは初めて買う方が「ホームレスへいくらかの足しになれば」など、一種の憐れみを少しはもっているはず、という。橋本さんはホームレスへの冷たい視線のみならず、どんな偏見もこの世から完全になくなってほしいという気持ちからこんなことを夢に描いているにちがいない。
でも、今のような厳しい社会のなかでビッグイシューのような個性の情報誌が1ヵ月に2回ずつ発売され続けていること。今日も全国のどこか空の下で販売されていること。販売する人、購入する人の交差によってさまざまなドラマが生まれていること。このこと自体、実は少しずつだけど、偏見のない社会に近づいていることじゃないかと思う。ねぇ橋本さん…。

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

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