販売者に会いにゆく (旧・今月の人)

スイス『サプライズ』 販売者 マルフィーノ・クローチェ

不安で逃げ出したい衝動に駆られても
今はもう二度と人生をめちゃくちゃにしたくない

スイス『サプライズ』 販売者 マルフィーノ・クローチェ

子どもの頃のことはあまり覚えていません。きょうだいたちとは離れ離れになり、里親の元で育てられました。養母は優しく、親しみを込めて「おばあちゃん」と呼んでいましたね。
 7歳の時、きょうだいたちと一緒に再び両親と暮らし始めました。形はどうあれ、実の家族との生活が叶ったのです。
 身体に先天性の異常がある私は、数週間単位での入院を繰り返していました。病院での注射をはじめ、麻酔薬や手術は恐怖でしかなく、とにかく「逃げなければ!」とばかり考えていました。逃避したいと願う気持ちは、その後の人生にも影を落としています。
 学校を卒業すると通訳として働くため、イングランドと母国であるイタリアで語学の習得に励みました。その際、将来の妻となる女性と出会います。彼女の勧めもあり、相手方の家族とメキシコで暮らしたりもしましたが、結局欧州に戻りました。
 ほどなくして妻の妊娠が判明し、勉強を止めて働きに出ることにしました。その後の数年間は大変でしたね。
 日中は倉庫の管理、夜にはホテルで荷物運びと仕事を掛け持ちしていたのですが、二人の息子を支える立場として常にプレッシャーと隣り合わせでした。「一所懸命に働けば、家族とこの状況を乗り切れる」と自分に言い聞かせていたものです。しかし心臓を悪くしたのが原因で、職を失ってしまいました。
 生活が破綻することへの恐れから、うつが再発し、もう死んでしまいたいと考えるようになった末に離婚。妻は息子たちを連れてメキシコへ渡りました。
 その後も「周囲から浮いたイタリア出身の外国人なのだ」という思いにとらわれ続けた私は、自分を見失い、気づけば遠くへと車を走らせていました。
 それが私にとっての〝ロード・ムービー〟的生活の始まりです。白いワゴン車に乗り、森の中や修道院の付近で1年ほど車中泊生活をして過ごしました。
 仕事を探す一方で、時には食べ物やガソリンを盗まなければならないこともありました。罪の意識に苛まれましたね。
 ですが道中で、私を外国人扱いせず信頼してくれる人たちに出会えたのは幸運でした。次第に自分を取り戻して職を見つけ、メキシコから戻ってきた息子たちを養えるようにもなりました。
 困難に直面し不安に陥ると、今でも逃げ出したいという衝動に駆られます。あの時の〝ロード・ムービー〟のような経験が癖みたいになっているのかもしれません。子どもの頃は病院から逃げられませんでしたが、大人になった現在では自己責任でどこにでも行けてしまいますからね。
 ですが、理性的でない行動はもう慎みたいと思っています。できればもう二度と、人生をめちゃくちゃにしたくはないのです。

『Surprise』
1冊の値段/6スイスフラン(そのうち3スイスフランが販売者の収入に)
発行頻度/月2回
販売場所/バーゼル、ベルン、チューリッヒなど

Text:Klaus Petrus, Surprise/INSP

Photo: Klaus Petrus

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

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