販売者に会いにゆく (旧・今月の人)
スイス『サプライズ』販売者 ヤスミナ・ムリナ
紛争で夫を亡くし、5人の子どもとスイスへ
安定した仕事に就き、ただ普通の生活がしたい
チューリッヒ市内のクロイツプラッツ広場に建つスーパーの前で『サプライズ』誌を販売しているヤスミナ・ムリナ(50歳)。夫をユーゴスラビア紛争で亡くし、30歳の時にセルビアから5人の子どもを連れてスイスへやって来た。
「学歴もなく、ドイツ語も話せない身で、外国でシングルマザーとして生きるのは生易しいものではなかった」と振り返る。しかし、この地で20年間懸命に働き続けてきた甲斐あって、何とか生活をやりくりし、子どもたちにはよい教育を受けさせることができた。
だが、ムリナ自身は今、簡易宿を転々とする生活を送っており、「路上生活になる日も近いかも」とこぼす。「私は長い間、何事もないかのように振る舞ってきたんです。自分のつらい状況を人に話すことは、そう簡単にはできないですから」
少し前に大手飲食業の仕事を解雇された。「最初の上司はよくしてくれたのですが、新しい上司が『きみの仕事ぶりは素晴らしいから、給料はそのままで、解雇された他の人の業務も任せたい』と言ってきたんです。すでに仕事が手いっぱいだったので、正直にそう伝えるとクビになったんです」。こうして最近『サプライズ』誌の販売を再開したムリナ。実は、スイスに来て間もない頃にも、雑誌販売で何とか食いつないだ経験がある。
長い間、友人のアパートを間借りしていたが、その友人に赤ちゃんが生まれるので、そこにいられなくなった。かといって、自分でアパートを借りられるほどの経済的余裕はない。仕事探しも、暫定滞在許可証
(※)しか持っていないことがネックとなって苦戦している。
「私は初等学校4年までしか学校に行けませんでした。しっかり教育を受けてこなかったことを、近年ほど悔いたことはありません」。大人になってからやり直そうと思ったこともあったが、「ずっと子育てを優先してきました」とムリナは言う。
「ドイツ語の習得にもとても苦労しました。今では、話す、聞くは問題ないのですが、書くのがまだ難しくて」。あいにく、外国人長期滞在ビザの取得にはドイツ語の「書くスキル」が求められる。「長年、この国にうまく溶け込めていると感じてきたので、在留資格やドイツ語能力が原因で生活が傾くなんて思ってもいませんでした」
そうした中、希望の光は「助けてくれる人たちの輪」だと言う。メンタルの不調で体調が悪い時は心配してくれるお客さんも多く、「いざとなったら家においで」と声をかけてくれる人もいる。でもムリナは、誰かに頼るのではなく自立したいとの思いが強い。「アパートで暮らして安定した仕事に就く、ただ普通の生活がしたいんです」
※ 「パーミットF」と呼ばれ、スイスからの退去を求められているが、人道的な理由で母国への帰還が難しい人に与えられる。期限は1年で、更新が可能。
Photo: Courtesy of Surprise
Text:Dina Hungerbühler, Surprise/INSP/編集部
『Surprise』
1冊の値段/6スイスフラン
(そのうち2.7スイスフランが販売者の収入に)
発行頻度/月2回
販売場所/バーゼル、ベルン、チューリッヒなど
※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。
この記事が掲載されている BIG ISSUE

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