今月の人

小山忠夫さん

これを始めるまでは、人に頭をさげることができなかった

 
小山忠夫さん

「何度もやめようと思ったよ。だけど、やめたら恥かいちゃうじゃん『何だよ、あの野郎、根性ねえなぁ』ってさ」と力強く語るのは、池袋で路上生活をする小山さん。 ビッグイシューを売り始めたのは、冬の寒さが一段と厳しくなる去年12月。人通りが少ない場所であることや、販売という仕事に慣れないせいもあり、1日に3~5冊しか売れなかったそうだ。

当時は一日中陽の当たらない池袋のユニクロ前で、鼻水を垂らしながら販売をしていたという。「風邪も引いたし、熱も出たし、辛かったなぁ」と呟く。 小山さんは3ヶ月間、頑としてその場所を移動しなかった。人通りの多い場所に変われば、数冊しか売れないなんて経験はせずに済んだかもしれない。しかし小山さんは、「俺は人が売ったところでやるのは好きじゃねぇんだ」と言う。それは小山さんのプライドなのだろう。今も休日は販売当初からの場所で売る。平日は飯田橋に行く。

小山さんは東京生まれ、東京育ちの67歳。「兄貴に育ててもらったようなもんなんだ。高校を卒業するまでは兄貴のところにいたんだけど、俺は兄貴不孝ばっかりしてたからさ、死んでも敷居をまたぐな!って言われて、それきりだなぁ」一度は所帯を持ち、溝の口のほうに住んでいたこともあるそうだが、奥さんは結婚して3~4年たったころに亡くなった。 小山さんは平日、毎朝7時半という決まった時刻には電車に乗り、飯田橋に向かい、東口の五差路で販売を開始。

「お客さんがおにぎりを持ってきてくれたりするんですよ。失礼ですけど食べてください、なんて言ってね。それから、この前かなり気温が高い日あったでしょ?あのときもお水を持ってきてくれたりね、胃が痛いって言えば薬を持ってきてくれる。
雑誌を毎日のように買ってくれる人もいれば、何冊もまとめて買ってくれて職場の食堂に置いてくれたりする人もいる。

病院が近くにあるんだけど、そこの患者さんも買いにきてくれるんですよ、嬉しい限りですよね、ビッグイシューを始めて本当に良かったと思いますよ!」と、次から次へと元気な言葉が口をついて出てくる。 小山さんは、ビッグイシューの販売を始めるまで、人に頭を下げることができなかったそうだ。「頭を下げるってことは、負けを認めたということ。そういう世界にいたからね」と言う。「今じゃ頭下げるのは大好きだよ。おはようございます!こんにちは!ありがとうございます!ってね。販売する限りは売れなくちゃ。ご飯食べれないでしょ」と冗談交じりに話してくれた。

そんな風に語る小山さんだが、本当は「売るため」に頭を下げているのではない。人の優しさにふれて自然と頭が下がるようになったのだ。その人柄に触れれば分かる。私は、取材の前にスタッフの方が「小山さんは照れ屋なんです」と教えてくれたのを思い出した。 そして、とても礼儀正しい人だと言うことも。お客さんにお礼を言うときは必ず帽子を取る。「当たり前でしょ、被ったままなんて失礼ですよ」 販売を始める前は炊き出しに行っていた小山さんだが、今はビッグイシューの販売で得た利益でご飯を食べている。「稼いで食べなさい!って言われてるもの。今は炊き出しには一切行ってませんよ」とキッパリ。 「とにかくビッグイシューを始めてからは生活にハリがあるんだよ」と繰り返す。

「一日一日ビッグイシューを売ってさ、ご飯を食べさせていただいて、生きていければいいんじゃないのかな。だってそんなに高望みできませんよ。もちろん、少しずつでも貯金ができて、アパートでも借りて、余生を静かに過ごせれば最高だけどね」と語る、その表情は決して暗くはない。 この日、お話を聞きに行ったのは夜だったので、私は小山さんをダンボールの寝床から起こしてしまった。そこには、販売を始めてから生活に最低限必要なものが少しずつ増えてきている。コンロもある。

「これから暑くなるから食べ物が傷むしね。火を通して食べたほうがいいもの」と小山さんは言う。 老骨に鞭打ってやってんだよ、と明るい小山さんだが、今まで雨の日も休まず販売してきたのに、この日は体調を悪くして販売を休んでいた。どうか無理をしすぎないでもらいたい。しかし、「無理をしないで」という一言は、小山さんや他の販売員さんにとって、軽い言葉ではない。

「食うためには売るしかないんだよ」という言葉には重みがあった。 最後に「早く6日にならないかねぇ」と小山さんが言った。「え?6日って何かありましたっけ?」と、とぼけてしまった私。「最新号の発売でしょ!なぁんだよ、しっかり頼みますよ!」なんて怒られてしまった。今度お手伝いに行きますので、許してくださいね。

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

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