今月の人

佐藤猛さん(仮名)

人生トコトン失敗続き ビッグイシューだけは続けていきたい

佐藤猛さん(仮名)

楽町の東京国際フォーラム前で販売を続ける佐藤猛さん(48歳/仮名)。こざっぱりした着こなしに整ったヘアスタイル、路上生活しているとは思えない人だ。
「銀座に近いでしょう。上品なお客さんが多いからきちんとしてないと売れないんだよ」と話す佐藤さんは、これまで、なかなかビッグイシュー販売が続かなかった。

「最初は上野で2年前の秋ごろ始めたんだけど全然売れなくてね、最初の10冊を売ってやめちゃった。次は昨年のお盆くらいかな。やっぱり売れなくて1ヶ月でドロップアウト」
ビッグイシューを販売していない時は日雇いで建設作業をしてきた佐藤さんだったが、つい最近、右肩を壊し、ほとんど仕事ができなくなってしまった。
「それで今年の春にビッグイシューに復帰させてもらって――それからは続いていますよ。最初は売れなくてつらかったけど、常連さんが少しずつついてくれて、仕事がおもしろくなってきたところです」

静岡県裾野市で4人兄弟の次男として生まれた佐藤さん。家は貧しく生活は厳しかったという。
「親への反発とか、自分の境遇に対する怒りとかいろいろあってね、中学時代はものすごいツッパッテましたよ。それで学校に行かず喧嘩ばっかりしてたら、14歳の時、教護院に入れられてしまった」
地元では誰もが知る、問題児たちが集まる教護院に入った佐藤さん。そこで寮の先輩からの激しいイジメや教師からの体罰を経験することになる。
「あんまり怖くてトンコ(逃走)しちゃったんです。1度は許してもらえたけど、2度目はダメで……千葉の初等少年院に送られました」

そこで15歳まで過ごした後、自宅に帰った佐藤さんは働き始める。「最初は設計士見習い、でも1週間で挫折。次は型枠大工への丁稚奉公。3ヶ月くらい続いたけど、結局うまくいかなかった。そのうち家にも居づらくなって、一人名古屋へ行ったんですよ」
しかし、若干16歳の少年に仕事が見つかるはずもない。そこで年齢を偽って建設現場にもぐりこんで働いた。「とにかくいろんな仕事を転々としたね。俺はイノシシ年生まれのせいなのか、ガーッと突っ走るところがある。でもすぐ飽きちゃうんだよね。同じところに居つくことができない風来坊なんだ」

名古屋から大阪へ。次々に飯場を渡り歩く暮らしを10年以上続けていた佐藤さんに転機が訪れる。パチンコ店の仕事で知り合った女性と結婚したのだ。
「タツ子さんって言ってね、8歳近く年上の姉さん女房でしたよ。千葉に引っ越して二人で一緒にパチンコ店で働いて、10年くらいはそれなりに幸せだったんだけど、俺がギャンブルに手を出したせいですべてが終わっちゃったんだ」

突っ走る悪い癖がギャンブルで出た佐藤さん。パチンコ、競馬でサラ金から借金を重ね、取り立てに追われる毎日。ある日佐藤さんはタツ子さんを一人残し、すべてを捨てて夜逃げしてしまった。
「本当に最低の男だと思うよ。タツ子さんは今どうしているのか、本当に土下座して謝りたい」

その後、流れ流れて東京の山谷へ辿り着いた佐藤さんは、路上暮らしを始める。定職に就こうと自立プログラムに入ったこともあったという。
「自立センターに入って仕事を探すんだけど、結局住所でわかってしまう。『元路上暮らしで、今センターにいるんだろう』って……。それでなかなか定職が見つからなくて、また路上へ逆戻り。そんな暮らしが10年だよ。そういえば山谷で偶然、千葉の少年院時代の仲間に会ったことがある。『お互い人生トコトン失敗続きだよな』って笑ったけど。ホント14歳の時から逃げてばっかり。こんな失敗人生、まったく参考にならないよね」と明るく話す佐藤さん。

今一番の楽しみは、ビッグイシューの販売員仲間と将棋をすること。「有楽町で一緒に売ってるヒゲさんって将棋がプロ並みにうまくてね、何度やっても勝てない。ヒゲさんを倒すために攻略を練るのが楽しいんだ」

過去2度ドロップアウトしたけれど、今度は頑張ってビッグイシューの販売を続けていきたいと佐藤さんは言う。
「これまで本当にありとあらゆる仕事をやってきたんだけどね、ビッグイシューはおもしろいと最近すごく感じてる。自分でも不思議なんだけどね。決して楽な仕事じゃないし、『あいつホームレスだ』って蔑むような目で見られることもある。でも『寒くなるから風邪引かないでね』とかお客さんがかけてくれるちょっとした一言がすごく嬉しい。逃げ続けてきた俺だけど、ビッグイシューだけは続けていきたいって今は思っているんですよ」

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

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