販売者に会いにゆく (旧・今月の人)

英国&アイルランド、販売者は十人十色

川崎稔さんが、旅の途中で出会った販売者さんたち 10人との遭遇日記(2007年7~8月)、一挙公開

英国&アイルランド、販売者は十人十色

ここはロンドン ――ウェストミンスターのおじさん

ウェストミンスター寺院の入り口に立っていた販売者らしき50代くらいの男性。手提げ袋からBig Issueというロゴが見えた。早速、一冊買うことにする。1ポンド50ペンス。
『ビッグイシュー日本版』を見せながら、「私は日本のビッグイシューのサポーターです。よかったら少し話を聞かせてくれませんか? できれば写真も撮らせてほしいのです。日本のBig Issueに載るかもしれません」とストレートに言ってしまった。

すると、「それならお金がほしい。この前は写真を撮らせて20ポンドもらった。あんたはいくら払う?」と言われ、日本の販売者さんたちのような人柄を勝手に想像していた私は、想定外の答えにたじろいだ。あわてて「いや、私はプロフェッショナルライターではなくて、ボランティアです。それに日本のビッグイシューですよ」と言っても、「でも、何かをつくるわけだから、それには金が必要だ。いくらくれるんだ?」という勢い。
なんだか割り切れないが、ここはロンドンなのだ。清貧であるべしなどというつもりはないが、Big Issueという考え方とは少し違うのではないかな、という思いが残った。

退屈な仕事ね ――リバプールストリートのローラ

午後5時、金融街"シティ"では、オフィスを後にするスーツ姿のビジネスマンたちが早足で歩いていく。この時間は誰もがノーネクタイで襟元のボタンを外している。
地下鉄のリバプールストリート駅に向かう歩道には、無料の夕刊紙を配っている人たちが何人かいる。彼らのそばで女性のBig Issue販売者さんを発見。今度は慎重に。

「私は日本から来たのだけれど、Big Issueの日本語版があること、知っていますか?」と聞いてみる。「他のヨーロッパの国やシドニーで売っているって聞いたことあるけれど、日本のことは知らなかったわ」。写真を撮るのも快諾。名前を聞くと、最初は販売者カードを見せて、「これが私」と1170という数字を指差した。えーと、名前は聞いちゃだめかな?と聞きなおすと、「ローラよ」と教えてくれた。

彼女はスペインからやってきて、販売員になって5ヶ月。一日に何冊くらい売れるの?と聞くと、「日によってまったく違うわね。でも月曜から金曜の9時から16時はけっこう売れる。日曜はまったくダメだけど」。彼女と話している間に、スーツ姿の女性が買いに来た。Big Issueが読みたいから買うという女性の態度に、この街に根づいていることを実感した。「退屈な仕事よね」と少しつらそうに言うローラにお礼を言った。

クール ――カーディフのマイケル

ロンドンから電車で2時間、ウェールズ地区の観光名所になっているカーディフの街は、ローマ時代から続くといわれる城で有名だ。その城跡から博物館に向かう途中、歩行者用の地下道で販売者さんを見つけた。声をかけて一冊買う。どう見ても20代だ。

できるだけさりげなく話を切り出した。「どのくらいこの仕事をしているの?」「8ヶ月になるね」「何冊くらい売れるの?」「一日平均30冊くらいかな」「いつもここに立っているの?」「そうだよ。週末がいちばんよく売れるよ」「ということは、観光客が買うということ?」「買ってくれるのは地元の人と観光で来る人と半々かな。ここは結構人が通るんだ」「名前を聞いてもいい?」「マイケルだ」「写真も撮らせてくれるかな」「ああ、いいよ」

彼に出会った日は土曜日。天気もよく、彼にはいい週末になったようだ。デジカメで撮った写真を確認すると、喜んでくれた。彼も日本版のBig Issueのことは知らなかった。別れ際に、Big Issue日本版のTシャツをあげると、「クール! これ、本部の人に見せるよ」といって微笑んだ。

天気しだいさ ――ソールズベリのミスター・ノーバディ

イギリスの南海岸にあるソールズベリは、ストーンヘンジの最寄りの街。ストーンヘンジには、街の中心部にあるバスステーションからバスに乗っていく。そのすぐそばで、乳母車を引いた女性と話している背の高い男性。おそらく40代だろう。胸元にBig Issueの販売者証が見えた。

二人の会話が終わるのを待って、一冊買った。「Big Issueは去年の9月から始めたんだ。カミさんと別れたので、子供を二人養わなければならなくなってね。社会保障でYMCAに寝泊りさせてもらっているから、2食は食べられる。一日何冊売れるかだって? うーん、それは天気しだいさ。ほう、日本にもあるとは知らなかったよ」「ここを通る人たちに、Big Issueを買ってくださいと言うんだ。すると、いくらほしいんだって言われる。だから俺はこう言う。ほら、よく見てくれよ、1.50ポンドだって書いてあるだろ。それ以上は一切もらわないよってね。それはとても大事なことだからね」
「あんたと話せて楽しかったよ」。けっして楽ではない人生を、おしゃべりを楽しみながら生きているように思えた。

日本がとても好き ――ロンドン、聖ポール教会前のフェルナンド

かつてテムズ川は霧のロンドンの象徴だった。今や、テムズ南岸は開発が進み、観覧車やシェイクスピアシアター、発電所を美術館にしたテート・モダン美術館などはロンドンの新名所になった。川を渡るミレニアム・ブリッジの途中で、若い男性の販売者さんに出会った。
一見、旅の途中のバックパッカーにしか見えない。視線が合ったとたん、ニコニコして微笑み返してくれた。後でわかったのだが、私が奈良美智のTシャツを着ていたかららしい。一冊くださいと言うと、さらに素敵な笑顔。「なんだって、日本にもBig Issueがあるのかい。わーお。世界は本当に狭いんだなあ」

どこから来たの?「フランス。スコットランドへ行こうと思ってこの国に来たんだ。それからいろいろあってね」「まだBig Issueを始めて2ヶ月なんだ。日によって売れ行きはまったく違うね」。

「君はロンドンだけかい?」スコットランドにも足を伸ばすと答えると、「それはいい。スコットランドはすごくいいところだよ」。彼は日本がとても好きだという。
「そのシャツは知っているよ。僕も好きなイラストだ」「僕の名はフェルナンド。君と話せてよかったよ。じゃあ、いい旅を!」。手を振って彼と別れた。

企業がやることに意味 ――リバプールのネイサン

今年のイギリスは特に雨が多い。ビートルズが生まれた街、リバプールも今日は雨。地元の人たちは、傘もささずにサンドイッチを食べ、コーヒーを飲んでいる。
セントラル駅近くで、傘もささずニット帽子をかぶっただけで、ビニール袋に包まれたBig Issueを掲げている20代の青年。雨の日に休むということは考えもしないのだろう。一冊くださいというと、少し濡れているけどごめんね、ととても丁寧だ。

大丈夫、読めればいいから気にしないよと答えて、彼から受け取ったBig Issueは雨がしみ込んでずっしりと重かった。「販売は昨年のクリスマスから。約6ヶ月になるね」。彼の名前はネイサン。「売り上げは日によって違うけれど、1日50冊くらいかな。いつも午後1時から始めて6時までここに立っているよ」

「日本語版のBig Issueがあるのかい? それは知らなかった。記事は翻訳なの? 翻訳と日本の独自記事? そうなんだ」「日本でBig Issueはよく知られているの?」。そうでもないと答える。「日本の人たちは販売者をリスペクトしてる?」。この質問にも、そうでもないと答えるしかない。「そうか。これはとてもいいことなのだけれどね。教育的でもあるし。企業がやっていることに意味があると思うんだ」
強い信念を持って販売している彼の真剣さは、さすがにBig Issue発祥の地だ。しだいに激しさを増す雨の中、ほんの少し足取りが軽くなった。

人生を立て直してる ――マンチェスターのポール

日本ではサッカーでその名を知られるマンチェスター。あの中田英寿の最後のチーム、ボルトンは隣の街にある。市役所のそばのオックスフォード・ストリートの交差点に、Big Issueの販売者のベストを着た男性が立っていた。
一冊ほしいというと、とても喜んでくれた。日本にもBig Issueがあると言うと、「Amazing! 信じられないよ」と本当に驚いたようだ。「2004年からやっているんだ」「当時は酒に溺れていてね、子供に暴力をふるってしまった。それで何もかもすっかりなくしちまったんだ。もちろん今は違うよ」

Big Issueの販売によって人生を立て直しているところなのだ。「今日は3時間で3冊。さっぱりだめだね。日によってまったく違う。いつもだと、だいたい6冊くらいはもう売れているんだけどね」と言って、ビニール袋に残った3冊を見せてくれた。
「俺はポールというんだ。ありがとう。話ができて楽しかったよ」。そういって、皺の深い顔に笑みをうかべて握手してくれた。若い販売者が多いイギリスでは珍しく、日本の販売者さんの世代に近いポールさん、ぜひ頑張ってほしいと心から願った。

これはすごいこと ―― グラスゴーのマーク

スコットランドで一番大きな都市、グラスゴー。若者たちはおしゃれでとても活気がある。生活を楽しむことにかけては、ロンドンの人たちよりも上手だと感じた。
市内に二つある長距離鉄道駅の一つ、クイーンズ・ストリート駅を出たところに、かなり年配の男性が立っていた。スコットランドのBig Issueの販売者が着ているベストはブルーだ。時刻は朝9時を過ぎたばかり。一冊買って話を聞く。

彼の名前はマーク。販売を始めてからは、約1年半だという。「でも、この街でのBig Issueの活動はもう10年以上なんだ、これはすごいことだよ」とグラスゴーのBig Issue全体の活動について教えてくれた。ここまで聞くのに、すごいスコットランド訛りで、何度も聞きなおしてしまった。一所懸命話してくれてありがとう。がんばってくださいと声をかけて、駅前を後にした。

もう10年やっている ――グラスゴーのマシュー

ブキャナンストリートとソーキーホールストリートは、日中は歩行者天国になり、オープンカフェや大道芸をする人、露天商も多く、とても賑やかだ。さすがにバグパイプを抱えたストリート・ミュージシャンが多い。その二つの通りが直角に交わるところで、道行く人一人ひとりに声をかけている陽気な販売員さんがいた。近づくと、私にも声をかけてくれた。

「ハロー、元気かい?」「元気だよ、ありがとう。それ、一冊ください」「サンキュー」「何年やっているんですか?」「もう10年やっているんだ。その前はひどいものでね。もとはジャンキーだったんだよ。このBig Issueのおかけで、よくなったんだ。これのおかげさ」
別れ際には、握手をしながら「マイフレンド、よい一日を!」と見送ってくれた。本当に人なつこい人だ。7月とはいえ、日がかげると一気に肌寒くなった。

床屋にも行ける ――ダブリンのクリスティン

アイルランドの首都ダブリン。8月最初の土曜、街は観光客であふれていた。市の中心部にあるグラフトン・ストリートは石畳になった歩行者用道路で、大勢のストリート・ミュージシャンや大道芸人が芸を披露している。その道路の端で、中年の男性から雑誌を買う観光客の姿が目に留まった。

観光客が立ち去ると、おじさんは、ちょっと表紙が違うがISSUESという文字が読める雑誌を掲げた。よく見れば、胸に販売員証もあるではないか。Big Issueに違いないと確信して声をかけた。いくらですか、と聞くと3ユーロ。日本よりずいぶん高い。よく見るとIRELANDS ISSUESというタイトルだった。

何年やってらっしゃるんですかと聞くと、10年と言う。「その前はね」と声をひそめ、私の耳元でささやいた。「バムをやってたんだ。バム。わかるだろう」バムとはお金を恵んでもらう人のことだ。「その時は、人の視線も痛いし、病気になってもどうにもならない。まったく辛かったよ。でも、これをはじめてからは、すごくよくなった。床屋にも行けるしね、歯医者にだって行けるんだよ。前は床屋なんていったこともなかった。これは、とてもいい。すばらしい考え方だよ」と話してくれた。
きっときれい好きなのだろう、彼にとって床屋に行くことは、人生にとってとても大切なことなのだ。名前を聞くとクリスティンだと教えてくれた。私は幸せな気持ちで雑踏の中に再び紛れ込んだ

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

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