販売者に会いにゆく (旧・今月の人)

川原田康晴さん

地道だけど、この仕事をずっとやっていきたい

川原田康晴さん

「最初は本当に売れるのかなと思いましたけど、実際に街頭に立って雑誌が売れ出すと、この仕事がおもしろくなりましたね」。創刊当初からビッグイシューの販売に携わる川原田康晴さん。彼の売り場は四ツ橋線肥後橋駅にある朝日新聞本社前。朝と夕方には多くのサラリーマンが行き交うオフィス街だ。 午後からの2時間ほどは人の往来が少なくなるが、毎日平均30冊が売れ、新刊号が出た日は50冊近くを販売する。

お客さんは学生からOL、中年の方まで幅広いが、最近は若いサラリーマンもよく買ってくれるようになった。
「本当にいろいろな方が買ってくれて、多くの人と話をできるのが楽しい」と言う。出版社に勤務しているというある女性は、どんな日も毎日1冊ずつ購入していく。「詳しく聞いたことはないですけど、友達に配ってくれているんですかね。ありがたいことです」と顔をほころばせる。

川原田さんは京都生まれ。20代の頃は「とにかく何でも経験してみよう」と大手家電メーカーの工場や自動車メーカーの工場、さらには学習教材やピアノの訪問販売など多くの仕事を経験した。勧誘されて、自衛隊に4年間入隊していたこともある。「いろんな仕事を経験できて、それはそれで楽しかった」と振り返る。

ところが保険会社の営業マンを3年間務めた時、不況の波が保険業界に降りかかり、退社を余儀なくされた。その時、すでに50代。必死で転職先を探したが、仕事はついに見つからなかった。
「大阪に来たのは1年ほど前。いつのまにかホームレスになってしまって、中之島のテントで暮らしながら月に3~4回ほど清掃の仕事をして生活していた」と言う。ビッグイシューと出会ったのは、そんな生活が半年ほど続いた時だった。久しぶりに戻れた、商品を売る仕事。川原田さんは、街行く人に向かって声を出し、お客さんが買いやすいように毎月の記事ラインナップを画用紙に書いたり、自分なりに工夫をこらして街頭に立った。

もちろん毎号、雑誌の記事にも目を通す。「販売員が自分の売っている商品がどんなものか知らないというのは無責任ですからね。自分なりに勉強して、お客さんに聞かれたら答えられるようにしています。そうしたうえで、雑誌を売りながら自分を売り込む事を心がけています」

朝日新聞本社前の定位置にほとんど毎日立っている川原田さんは、月に数回、遠征販売にも出かける。関西学院大学や京 都産業大学など関西一円の大学に出張するほか、時には兵庫県の明石や滋賀県の大津、関西国際空港がある「りんくうタウン」まで足をのばすこともある。「もともと旅行が好きですから、遠征はちょっと旅行気分で行くんです。もちろん仕事なんですけど、やっぱり自分も楽しみながらこの仕事を続けていきたいですから」

販売員になって半年以上が経ったが、夜は簡易宿泊所(ドヤ)に泊まることができるようになり、生活は随分とラクになった。だが、一人の生活は慣れているという川原田さんも、時折、人恋しくなる時がある。そんな時は、趣味のカラオケを歌って、気をまぎらわせる。

演歌というよりは、学生運動が盛んだった青春時代に口ずさんだ「イチゴ白書をもう一度」などのポップスを歌うことが多い。十八番(おはこ)は昔から歌っている「ジョニーへの伝言」だ。
「1年ぐらいしてお金がたまったら、家を借りてちゃんとした生活をするつもり。でも、この仕事はずっとやっていきたいと思っているんです。地道だけど、コンスタントに売れていくのが楽しいから」

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

今月の人一覧