今月の人

桑岡茂雄さん

僕がずっとやっていた派遣社員や請負って、最初はよくてもどんどん状況が悪くなっていく

桑岡茂雄さん

「うだうだ言わずに、とにかくやるしかないと思ったんです」。ビッグイシューベンダーの中でもとりわけ若手となる桑岡茂雄さん(37)はしっかりと落ち着いた口調で話し始めた。

桑岡さんは今年の4月から大阪での販売を始めた。今の持ち場はJR大阪駅と阪急百貨店に渡る巨大な交差点のJR側。上からポロポロと落ちてくる鉄くずと途絶えることのない車の排気ガスにまみれて、1日の仕事が終わる頃にはネトネトのヘトヘト。荷物やケースを丁寧に拭き、ネットカフェか公園か、その日の寝場所へ移動する。

「いわゆる今問題になっているワーキングプアとかそういうことですよね、僕がずっとやっていた派遣社員や請負って、最初はよくてもどんどん状況が悪くなっていく」

大学をやめた21歳の頃、東京にいた中学時代の同級生のもとに転がり込んだ。派遣会社につとめた後は名古屋に移住し、トヨタ系列の会社で正社員として26歳までの4年間をそこで過ごした。

「それから正社員を辞めて派遣会社に入ったんですが、その時の条件はすごくよかった。本当にもう理想郷ですよね、ある意味ね。拘束時間は12時間の2交代で長いけど、1時間半働いたら30分休憩の繰り返し。だから、まったく仕事はきつくない。テレビのブラウン管を作る職場で、不良対策やラインの管理、簡単なメンテナンスや機械の立ち上げまで、派遣社員が任されていました」

しかし業務縮小によりその“理想郷”現場は4?5年で終わった。次に入った現場では液晶パネルの検査、そしてまた移動。そこは立ち上がったばかりの現場で、誰一人勝手がわからぬまま土日なしのフル稼働がスタートした。桑岡さんはいつの間にかフロアリーダーに任命され責任者になるが、手当もつかず給料があがる気配もない。そこには、派遣社員や契約社員という非正規社員の雇用システムに空いた穴が見え隠れする。

「『なんで派遣の俺が、立ち上がったばっかりの工場で勝手にフロアリーダーにまでなっているんだ? 正社員と同じ事をやってなんでこんなに給料が安い?』ってずっと疑問で。それから移った岐阜の健康ドリンクの製造工場も腑に落ちないことばかりだった。正社員の仕事がどこまででうちらの仕事がどこまでっていう明快な線引きがまったくないんです。正社員の一人ひとりによっても勝手が違う。どうしていいかわかんなくなってきて精神的にガタがきてしまい…」

耐えられなくなった。派遣会社を飛び出すということは、寮を出て住む場所も失うということ。『これでもうまともな人生歩めんぞ』と覚悟を決めた2006年の春、まとめた荷物を持って電車に乗った。

「『仕事さがさないかんなあ、でもどうせろくな仕事ないしなあ』どよ?ん、ですよね。やる気がおこらないんです。僕はもうこれでもうあかんなと思った」

わずかばかりの貯金と競馬や競艇で日銭をかせぎ、それを切り崩しながら過ごした。サウナで身体を洗い寝るか、カバンを枕に公園で寝るかの二択の日々が続く。こんな状態で、のこのこと帰る訳にはいかないと、九州にある実家にもそれ以来まったく連絡をとっていない。岐阜、名古屋、滋賀、京都、大阪などをブラブラと、1年くらいかけて行ったり来たりした。

「ひとりぼっちで、誰ともしゃべらない。段々おかしくなってくるっちゅうかね。人としゃべらないとだめですねホントに。精神的に何かね、おかしくなる」

精神的にも金銭的にも「いよいよヤバいな」と感じていた頃、大阪市の中之島図書館でたまたま手に取った本が『ビッグイシューと陽気なホームレスの復活戦』だった。

「ひとつビッグイシューを売ってみるかと。若いからどうなのかなあと思ったんだけど、やってみるだけやってみようって」

桑岡さんはまだ販売を始めて数ヶ月、体調も問題はない。なんだか足が地面と同化しているようだと笑う。「いろんなことがあるし、いろんな人がいるので、天使みたいにニコニコしてできませんよ。生活がかかっていますから。今のところ、1日通しで休む日は作っていないね。雨が降ったからと言って、すぐにしっぽ巻くわけにはいかんのよ」

これから考えて行くであろう、いろいろな選択肢が頭をよぎる。長く続けられる正社員の口を見つけるにはまだまだ時間がかかるだろう、一度諦めた大学の勉強もし直してみたい。

「ただ、今はそんなところまではっきりとは頭がまわらない。まずは金を貯めて住む所を見つけないと思っています」

冷静に自分の状況を見つめている桑岡さんにとって唯一気分転換になっているのが、スタッフや販売者たちとの事務所でのたわいもない歓談なのだそうだ。

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

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