販売者に会いにゆく (旧・今月の人)
児玉正行さん
本当に「ありがとう」という気持ち。 言葉にすると気持ちのちょっとしか表現できないけれど
「ほんと、口下手だからねぇ・・・。お客さんに、『寒いけど大丈夫?』って聞かれても『大丈夫』っていうのが精一杯で。でも、『ありがとうございました』は気持ちを込めて言うようにしてます」と話すのは、児玉正行さん(60歳)。ビジネス街である、大阪の本町でビッグイシューを売っている。場所柄、通勤途中や帰りに買っていくお客さんが多い。「毎朝ね、お客さんが通勤してる姿を見つけると、嬉しくなるんですよ。『今日はえらい走ってるなぁ。遅れないで行けるかなぁ』なんて心配しながらね」
若いお客さんも、購入の際に声をかけてくれる。「『今日、上司に怒られてん』って言われてね。『それは、あんたに期待してるからちゃうか。なんも思ってへんかったら、何も言わへんと思うわ』って。思ってても、やっぱり言葉にはできへんかったけどねぇ」
15歳のときから、故郷の小豆島を離れて大阪で配送の仕事に就いた。「でも、『これは俺のしたいことじゃない。他にも可能性があるはずだ』って思ってしまってねぇ。若気の至りというか・・・」と児玉さん。その後、職を転々とし、20歳頃には住み込みでそば屋で働くようになった。「今思えば、あの頃は恵まれてたよねぇ。すごくかわいがってもらったしね。当時はそんなことに気づけなかったけどね」
そのそば屋で、児玉さんはかけがえのない人と出会う。「先輩でね。よく俺みたいなのとつき合ってくれたと思うよねぇ。俺みたいな勝手気ままで警戒心の強い奴と。思い出らしいものはないんだよ、でもなんだか常に横にいてくれるような感じで、こっちもそれが全然イヤじゃなくてね。『一緒に風呂行こかぁ』ってそんな感じで、自然に誘ってくれてね」。唯一無二の親友になった。
だが、20年近く続いたそば屋での仕事も、離婚などでごたごたした時期に辞めることになる。そして、ある日かかってきた1本の電話。かわいがってくれた先輩が事故で亡くなったことを知らせるものだった。当時を思い出しながら、児玉さんの目が潤む。そして、しばらくの沈黙。
もう一つの苦難は、それからほどなくやってきた。どうも目が見えにくい。眼鏡の度を半年ごとに、そして最後には1ヶ月ごとに上げなくてはいけなくなった。白内障だった。職場の人に迷惑をかけてはいけないと、仕事をやめた。そして蓄えが尽き、路上にたどりついた。
寝袋で寝ると身動きがとれず、いたずらをされる恐れもあるから布団に包まって寝た。安全のため、昼間寝て夜中に動き回る日々。食べ物は近所の食堂が、毎日くれていた。「夏にはスイカ、冬にはあつあつのお味噌汁ってね。本当によくしてくれたよねぇ」と児玉さん。
路上での生活も7年目に入ったある日のこと、ラジオを聞いていると、ビッグイシューという雑誌が紹介されていた。ホームレスの人が路上に立って販売する雑誌だという。「これなら俺にもできるかも、目が見えなくてもできるかもって思ってね」。すぐに事務所に電話を入れた。「はじめはすごく照れくさかったよねぇ」と語る。これまでしてきたどの仕事とも違う"お客さん商売"。やめようか、と思ったこともあったが、「なんでもね、途中でほっぽり出してやめてしまうことは簡単じゃないですか。ぽっと始めたり、やめてしまったりすることは簡単だけど、続けていくことって難しい。ここはちょっと踏ん張ってみようと思って」
今では、新号が出るたびに買ってくれるお得意さんもいる。「仕事してるときが一番楽しい」と顔をほころばせる。シルエットでお客さんのことを判別していたという児玉さんだが、1年前に白内障の手術を受けて、お客さんの顔も見えるようになった。「本当に『ありがとう』という気持ちやね。でも、なんだか言葉にすると寂しいっていうか、僕の気持ちのちょっとしか表現できへん気がするけどね。やっぱり口下手なんだよねぇ」と笑う。
今日も児玉さんは売場に立って、お客さんが通勤する姿をそっと見守る。
※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。
この記事が掲載されている BIG ISSUE
48 号(2006/04/15発売) SOLD OUT
特集世界のヤングライフ・クライシス