販売者に会いにゆく (旧・今月の人)

橋本高志さん

今は通りの真ん中を歩くようになった。 日本一を目指す青空笑顔の販売者

橋本高志さん

この人はすでに確立した商売哲学を身につけているのでは、と感じざるを得ない。午前7時過ぎ、橋本高志さん(53)は最新号やバックナンバーがぎっしり詰まったバッグを携え仙台駅にほど近いアーケード街入り口に向かう。

立ち位置は仙台でも歩行者の通行量が一、二を争うほど多いところ。ビジネス、通学、買い物などで朝から賑わう。橋本さんは天候や仕入れなどの条件が整えばここに午前8時から午後5時まで立つことを自分に課している。「自分に負けない気持ちさえあれば必ず一定の売り上げはある」と橋本さん。さらに秘訣を伺った。「逃げずにとにかく正面から、しっかりとお客様の顔を見て対応する。聞こえるように言葉をハッキリと発する。発するタイミングは信号待ちの人々が(車の信号が黄色になって)動きだす直前。目と目が合った時が勝負」声を出し、目が合った一瞬に、「買ってくれるかどうか、がわかる」のだそうだ。剣豪ばりである。

買うかどうか迷っている"境目"の人も見抜く。ずいぶん前から橋本さんをちらり、ちらりと見るものの近くまで来ては素通りするだけの若い男性がいた。その男性の顔を覚え、見る度に声を投げかけ数週間、ようやく購入してもらった時の嬉しさは忘れられないという。その後、その人はバックナンバーをすべて購入するほどの顧客になる。

一日での最高販売数は昨年11月1日の107冊。その時点で東京で一日110冊を売ったという販売員のことは知っていた。しかし、橋本さんは定時の午後5時で販売を終了。そのまましばらく販売を続けていたのなら間違いなく110冊はこえただろう。しかし、「一日だけたくさん売ったことより、一ヶ月でどれ位売り上げることができるか、そしてそれを何ヶ月キープできるか」が重要なことだと橋本さんは考えているので、未練は何もないそうだ。

ビッグイシューを販売し、約6ヶ月。常連と呼べる定期購買者も100名前後を数える。驚くことに常連の中には手づくりの名刺やおせち料理を差し入れるほどのファンもいる。常連の約7割は女性が占める。簡単にいえばモテるのだ。
朝、常連達と元気に挨拶を交わすことが何より励みになるとも。立ち位置周辺商店の人々とのコミュニケーションも欠かせない。その中には真っ先に最新号を求めるお客様もいる。橋本さん自身も販売で自信をつけ、以前は通りの端を歩いていたがいつしか堂々と真ん中を歩くようになった。

20数年前、橋本さんは異なる3業種の店を経営するちょっとした実業家だった。しかし、自身のだらしなさとふとしたきっかけで、商売どころか家族、実家、すべてから離れることになり、宮城を後にする。東京で仕事を転々とし、炊き出しなどを受けているとき、ビッグイシューのことを知るが、その時はまだ販売するまで勇気は湧いてこなかった。'05年の春に東京から数年ぶりに仙台に戻り、ほどなく仙台でのビッグイシュー販売開始を知ると食いつなぐ好手段と考え、真っ先に手を挙げた。
ところが実際に販売を開始すると、これほどおもしろいものはないことに気づく。「自分で時間を管理できる、好きなタバコが好きに吸える、人に使われるわけでもない」と長所をあげる。もとより客商売で培った勘も相当販売員として役に立ったのだろう。

順調な売り上げで橋本さんは販売開始約3ヶ月でアパートに入居。売り上げの一部を一時は好きなパチンコに入れ込む失敗もあったが、それも今はきっぱり断った。次は定職に就いて、家族関係の修復というのが橋本さんを知る周囲の勝手な期待だが、本人は「今の目標は日本一の販売員。とにかくそれを達成してから次のことを考えたい」と言う。

日中でも零下の日があるほど寒さが厳しい仙台。それでも「お客様の顔を見ると寒さも疲れも吹き飛んで、元気がもらえるから楽しい」と澄んだ眼差しで橋本さんは言い切る。彼と話す、そこに滲み出る純粋さや可能性を試みる勇気など、熱い個性の数々がこれからも周囲に伝わっていってほしい、と願わずにはいられない気持ちになってくる。
きっと、日本一の販売員の道をすでに橋本さんは歩き始めているに違いない。

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

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