販売者に会いにゆく (旧・今月の人)

セルビア『リツェウリツェ』販売者 ナダ・スパシッチ

私の名前はナダ――“希望”
突然の里親との別れ、シェルター暮らしを乗りこえて

セルビア『リツェウリツェ』販売者 ナダ・スパシッチ

私は首都ベオグラードで生まれましたが、セルビア北部にある都市ズレニャニン近くのアレクサンドロボで里子として育ちました。里親は実子のように接してくれて、自立するよう助けてくれました。
 ですが、20歳になってソーシャルワーカーから突然告げられたのは、もう家を出なければならず、住むことができるのは(ホームレス状態の人向けの)シェルターしかないということでした。里親と別れるのはつらかったですね。でも、今でもやりとりは続いていて、会いに行ったりもしています。
 ベオグラードに来てまず頭をよぎったのは「こんな大都市でどうやって生きていけばいいの?」ということ。シェルターに着くと、環境は決して良いものではありませんでした。それでも路上で暮らすよりはましだと思って耐え、できるだけシェルターの外で時間を過ごすようにしました。
 私同様に、シェルターで極力時間を過ごさないようにしていた男性がいたのですが、彼から『リツェウリツェ』の販売の仕事を紹介してもらいました。当初は緊張しましたが、今では自分なりの販売方法を身につけ、人との接し方もコツがつかめてきました。
 昨年の8月には、私にとって重要な分岐点がやってきました。3年間過ごしたシェルターを出ることができたのです。向かった先は「可能性の家」という名の、親のいない子どもや若者を受け入れている団体でした。過去を振り返っても「シェルターから出られたのは私の人生に起こった最良のこと」だと思いますね。かつてのルームメイトは「シェルターを出たその瞬間から、あそこにいたことは忘れるんだ」と言っていました。
 今では雑誌販売のほかに、レストランのキッチン清掃の仕事にも就いています。事態が好転しているのを感じます。自分のやるべきことに集中することができ、ストレスからも解放されましたから。
「可能性の家」ではルームメイトたちとともに食事をつくり、買い物をします。これで3つ目の仕事になりますが、お給料が入るとルームメイトにごはんをおごるのが楽しみです。
 朝は毎日4時に起き、コーヒーを淹れ、部屋の掃除をして、仕事に出かけます。寝るのは深夜です。どこから活力を得ているのと聞かれますが、音楽がエネルギーの源ですね。あとは『リツェウリツェ』からも。その助けがなかったら、どうやって人生を切り拓いていったらいいかわからなかったでしょう。
 人生はたやすいものではありませんが、未来を信じて前進しなければなりません。私ももうすぐ25歳ですから。いつも自分の周りに、よい雰囲気を生み出したいと思っています。私の名前がナダ(希望の意)というのも、偶然ではないかもしれませんね。

Photos: Sara Ristic

Text:Milica Terzic, Liceulice/INSP

『Liceulice』
1冊の値段/200セルビア・ディナール(そのうち半分が販売者の収入に)
発行頻度/月刊
販売場所/ベオグラードほか

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

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