販売者に会いにゆく (旧・今月の人)

『ビッグイシュー日本版』販売者 中西仁志さん

9年近くお客さんに支えられてきた販売場所
精神的につらくても、簡単にあきらめるわけにはいかない

『ビッグイシュー日本版』販売者 中西仁志さん

熊本市内のびぷれす熊日会館前で、見覚えのある赤いポロシャツが目に飛び込んできた。「こんにちは」と声をかけると、「おぉー、どうもどうも!」ととびきりの笑顔で中西仁志さん(61歳)が迎えてくれた。
 中西さんが『ビッグイシュー日本版』の販売者になったのは6年半前のこと。九州でも数少ない販売者ということもあり県をまたいで買いに来てくれるお客さんもいて、当初は月400冊ほど売れていたという。「それが2016年の熊本地震で300冊近くまで落ち込んでね。最近のコロナ禍では、さらに厳しい数字になっています」
 熊本での販売を支えるボランティアの人々からも、「よく精神的にへこまずにいられますね」と言われるという。「いやいや、僕だってへこみますよ。でもね、この場所は前任者が2年半、僕が6年半販売を続けてきた場所。9年近くお客さんに支えられてきたんだから、そう簡単にあきらめるわけにはいかないんですよ」
 そう語る中西さんは、これまでも多くの困難を乗り越えてきた。生まれは愛媛。海外航路の船乗りである父のもと、きょうだいとともに育った。運送会社に就職した後は、実直な仕事ぶりが評価され、結婚して子どもを2人授かるなど、順風満帆な日々を過ごしていた。
 だが、ガソリンの高騰で会社の経営が悪化。部下の不祥事も続き、追われるように職を失った。家族は去り、家は競売にかけられ、手元に残ったのは月々17万円の住宅ローンだけだった。
「よく『自己責任』っていうじゃないですか。『働いてなかったから、自業自得じゃないの』って。でも真面目にコツコツ働いていても、いくつもの要因が重なって職を失い、ホームレス状態に陥ることもあるんです」
 無一文になった中西さんは「犯罪を犯すわけにはいかない」とそればかりを考えて、必死に生きのびる策を探した。そして下関から九州に流れ着き、「寺の多そうな」熊本で寺回りをしてなんとか命をつないだ。
「それこそ、『ごみ拾いでも草むしりでもなんでもしますから』って言ってね。下手したら3日間何も得られないこともありましたけれど、うまくいけば手間賃や食事を振る舞ってくださるところもありました」
 だが3ヵ月もすると「こんなことをしている場合じゃない」と、はたと気づいたという。市役所の窓口に相談するとビッグイシューを紹介され、今に至る。「僕は熊本に身寄りがないから、お客さんとの会話が本当に楽しみなんです。話し相手がいないことほど、つらいことはないですから」
 数年前にはアスペルガー症候群であることがわかった。「この年で一般企業に再就職も難しいでしょうし、障害もある。僕自身はこの仕事が好きで、これからも続けていければと思っているんです」
 自身の経験を大学などで講演する機会も多い。「今は非正規雇用も増えていますし、コロナ禍で誰が生活困窮者になってもおかしくない時代ですよね。学生さんたちには、僕の経験を通してそういう現実を知ってほしいなと思います」

※後ろには老舗デパート、鶴屋百貨店が見える
文と写真:八鍬加容子

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

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