販売者に会いにゆく (旧・今月の人)

赤間啓太さん(仮名)

IDカードをつけるのは「自立します」と宣言すること

赤間啓太さん(仮名)

「どんなことがあっても、1日30冊は売ろうと思ってますよ」。10月半ばからビッグイシューの販売を始めた赤間啓太さん(仮名)は言う。「とにかく30冊売れば、1日過ごせますからね。部屋代は一泊1000円程度。食べるのに1500円から2000円でしょ。それで少し小銭が手元に残る」

販売の仕事らしい経験は、「若い頃」スーパーやデパートなどの鮮魚の店頭販売でマグロや鮭といった大型魚をおろす仕事をしていたとき以来。「そんときも、販売は一緒にいた女の人がやってましたからね。私はしゃべらんと、ただ魚をさばいてただけで」

「わけあって、過去を置いて」故郷を離れ、さまざまな仕事をしながら大阪の西成へやってきたのは、もう15年以上も前のことだ。その頃はバブルがはじける前で仕事も楽に見つかったと言う。一昨年病気で入院するまでの間は、ずっと日雇い労働で生活をしてきた。

「退院後、また仕事をしてたんですけど、昨年7月に腸閉塞になりましてね。緊急手術ですわ。もう、それで体力がものすごい落ちてしもうたんですね」。現場に戻ったけれど、以前のように仕事ができず、ついに危ないから帰れと言い渡される。「1年以上土方やってきて、初めてそんなん言われたんですわ」。そのとき、もう土方は続けていけないと思ったと赤間さんは言う。「それで、(ビッグイシューの販売を)やるだけやってみよう」と思ったのだそうだ。

収入がなくなってからは西成にある夜間シェルター(仮設一時避難所)に泊まっていたが、販売を始めて二日目には30冊を売り、もといた「どや」(簡易宿泊所)に戻ることができた。赤間さんは毎朝7時から夜遅いときは9時近くまで、短い休憩と食事のとき以外は天王寺で販売に立つ。「いやなこともありますけど、仕事やと割り切ってるからできるんですわ」。風邪で休んだ1日をのぞいては毎日販売場所に立っている。

「このあいだ、夜8時半くらいに買ってくれたお客さんが『この本さがしとったんや』って言ってくれはって。やっぱりたまには遅くまでいないと、仕事が忙しい人なんかは買えないですもんね」。最近、買ってくれない人への気遣いを忘れていなかったか、と反省したと言う。「交差点でたくさんの人が信号待ちしとるとこなんかじゃ大声を張り上げな振り向いてもらえんのです。でも、たとえば、普通の通りで、ただ声をはりあげたら耳障りやし、邪魔に思いはる人もいるでしょ」。そう思うようになってから、目の前に赤ん坊を連れた人が通ると声を出さない、など「細かいことやけど気をつけて」いるそうだ。

話すのがあまりうまくないという赤間さんは、販売のとき声を出すのが苦手だという。「『ビッグイシュー』とは言うんですけどね。『お願いします』と『ホームレス』って言葉は一切使わないんですわ。『ホームレス』という言葉が嫌いなんです。好んで野宿を始めたような印象があるような気がしてね」。むしろ、仕事がなくて野宿している人と言われるほうがいい。

赤間さんによると、この4、5年、西成での日雇い労働の求人数は極端に減り、皆が厳しい生活をしているという。「僕は10年以上西成でやってきてますから、知り合いの業者さんもいてるし、たまに声をかけてくれるときもあります。人手が足りないときにね」。でも、販売を始めて1ヶ月後「地下足袋からなにから全部」処分したのは、日雇い労働には戻らないと赤間さんなりに決意したからだった。

「入院や手術なんかで、いやというほど(生活)保護受けてたから」、生活保護の申請もするつもりはない。「この証明書(販売者証)をつけるということは、一般の人たちに『自立します』と宣言することでしょ。自立いうんは『自分が働いた金で食べて、布団の上で寝る』いうことやと思うんです」。だから今は、販売の「仕事」をがんばりたいのだと、赤間さんは言う。

「爆発的には売れん。でも、毎日、毎日こつこつと不器用な人でもがんばったら30冊は売れるんです。すぐには売れんでも、1ヶ月くらい続けて、20~30冊は売れれば自立できる。月末はちょっと(売上げが)落ち込むからつらいけど」

「他で100とか150(売れたという話)とかに惑わされんようにしている」と言う赤間さんは、理由はよくわからないが、本を売るのが楽しくなってきたような気がすると笑う。「しんどいから、明日は朝ゆっくり寝よう、と思うときもあるんですけどね。でも、次の日にはまた起きて7時から売ってるんです。楽しいからやと思うんですわ。こんなキツイ仕事、楽しくなかったら続かんしね」。うつむきながらぽつぽつと話していた赤間さんは顔を上げ、正面を見据えると真面目な顔で言った。「1号を買った人がまたやってきて2号も買ってくれる。けっこうそんなお客さんがいるからね」

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

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