販売者に会いにゆく (旧・今月の人)

『ビッグイシュー日本版』販売者 正彦さん

黙ってひたすらお客を待つ「お地蔵さん」も 話しかけてもらえるとうれしい

『ビッグイシュー日本版』販売者 正彦さん

路上が仕事場の販売者にとって外出自粛を呼びかけるコロナ禍は切実な問題だ。昨年8月に大阪で販売者に復帰した正彦さん(40歳)は、今年3月にステップハウスに入居。低家賃で、次のステップへの資金も積み立てられる同ハウスで社会復帰への道を模索し始めた矢先にコロナ問題に遭遇、出鼻をくじかれた。
「売り場もステップハウスから通いやすい千里中央駅に変えた途端にコロナで、4月の後半はほとんど休まざるを得ませんでした。5月からは2日に1度のペースで売り場に立ったけど、売り上げは平均4割減、号によっては5割減の時も。今は、会社が立ち上げた『コロナ緊急3カ月通信販売』分から月々3~5万円の配分を受けて、どうにか生活できている感じですね」
正彦さんが最初に販売者となったのは、28歳の時。大手電機メーカーの子会社でリストラに遭ったのをきっかけに短期派遣などの職を転々とし、両親との折り合いも悪くなる中で実家を出て、たどりついたのがビッグイシューだった。東京・自由が丘などで約3年の販売を経験したのち、スタッフの薦めで職を探したがうまくはいかなかった。「正直、誰でもできる倉庫作業しかやったことがないので、自分のできることに限界があったし、職探しにも本気になれなかった」
また、この間、個人的な節目もあった。脳卒中を患っていた父親が、帰らぬ人となったのだ。この時ばかりは神奈川県の実家に戻り、葬式に参列。父の亡骸を見ると、自ずと涙が流れた。「なんにもできなくて申し訳ないという気持ちでいっぱいでしたね」。これをきっかけに、一時は地元で倉庫作業のバイトを見つけ、自分でアパートも借りて生活するようになった。が、それも家賃の滞納で立ち行かなくなり、わずかな所持金を手に大阪行きの夜行バスに飛び乗ったという。
ビッグイシューは2度目のチャレンジだが、販売スタイルは変わらず、黙ってひたすらお客を待つ「お地蔵さんタイプ」を自認する。子どもの頃から極度の人見知りで、自分からはうまく話しかけられない。その上、黙っていると強面に見え、学生時代には駅のホームで電車を待っているだけで「ガンを飛ばしている」と他校生に因縁をつけられたほど。そんな自分が、街頭で顔を晒して雑誌を売り、さらに先月には取材を受けた雑誌(※)の表紙まで飾ってしまったことに人生の不思議なめぐり合わせを感じている。
「愛想がなくて強面というのは、親からもずっと言われてきたので自覚があるんです。だから、少しでもお客さんとの会話のきっかけになればと思い、自分なりに工夫して書いたお便りを雑誌に挟んでいます」
そう言って見せてくれた〝お便り〟には、お客さんへの感謝の言葉や生活上の豆知識や雑学、自身の紹介の連載などの情報がA3の用紙両面に手書きでびっしりと書かれていた。
「やっぱり見た目は強面のお地蔵でも、『手書きで、すごいね!』とか『雑学がためになったよ』とか話しかけてもらえるとうれしいし、日々のつらい中でもそんなちょっとした会話が生きる意欲につながっているのかなと思うんです」

※ 『コトノネVol.35』
文:稗田和博
写真:木下良洋
(写真キャプション) 大阪・千里中央駅、北急&モノレール連絡口にて

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

今月の人一覧