販売者に会いにゆく (旧・今月の人)

スイス『サプライズ』販売者 カリン・パコッツィ

幼少期のトラウマと薬物に翻弄された日々。 今では自尊心を取り戻し、娘を誇りに思う

スイス『サプライズ』販売者 カリン・パコッツィ

18歳の時、人生最良の時が始まりました。チューリッヒのギムナジウム(※)に通うことになり、たくさんの友人たちとボーイフレンドを得ました。家はチューリッヒ湖のそばにあり、学校からは遠かったため、家には寝に帰るような日々でしたね。
19歳の時に妊娠がわかり、ボーイフレンドと後に生まれるかわいい娘との生活が始まりました。ギムナジウムの卒業試験に合格し、大学でドイツ語と歴史を学び始め、すべてが順調に見えました。ですが、22歳の時に精神的に不安定になり、病院に通うようになりました。
私の子ども時代には、アルコール依存症の父からの虐待が影を落としていました。長らくその記憶を封印していたのですが、突然その記憶が呼び覚まされ、人生が崩壊したのです。夫以外、私の言うことを信じてくれる人はいませんでした。両親、姉妹、そしてかかりつけの医者までも……。疲れ果てた私は、チューリッヒにある公園まで運転し、コカインとヘロインをそれぞれ100スイスフラン(約1万2千円)で買ったのです。23歳の時でした。
初めてそれを手にした10代の時とは違い、不幸なことに、その時の薬物は効きすぎました。すべてを忘れることができたのです。  当時、私はすでに勉学をやめていて、花屋の見習いをやっていました。その後、夫が多額の遺産を得たため、そのお金で花屋を開いたのですが、それも重荷となってしまいました。体重は45kgまで落ち、医者に注意を受けるほどでした。
遺産は10年でなくなりました。夫と私は、そのほとんどをコカインとヘロインにつぎ込んだのです。ほどなくして娘も学校に行かなくなり、問題は山積みでした。娘とともに夫の別荘があるベネチアに移り住むと事態は好転しましたが、チューリッヒに戻るとまた薬物に手を出してしまいました。
そして2004年、私は大事故に巻き込まれ、05年には夫が薬物の過剰摂取で亡くなりました。追い込まれた私は、精神科に駆け込むしかなかったのです。
現在はツーク市で雑誌を販売しています。長い間、私は自尊心というものを持つことができませんでしたが、ようやく最近になって自分のよい面を見ることができるようになりました。私は知的で、友好的で、時間を守り、自活している、と。今では目標もあります。言語を学んで、旅行をして、薬物から足を洗って、『サプライズ』の販売を続けること。販売では人と接することができるし、よい反応を得られるとうれしいですね。
そして、娘のこと。彼女の人生も決してたやすいものではありませんでした。でも今では自分らしい道を歩み始め、勉強を続けています。そんな娘のことを、私はとても誇りに思っているんです。

Text:Georg Gindely, Surprise/INSP
※ 普通の中等教育学校と異なり、試験に合格した者のみが進学できる学校。大学進学を目的とする。
(雑誌情報) 『サプライズ(SURPRISE)』
1冊の値段/6スイスフラン(そのうち半分が販売者の収入に)
発行頻度/月2回 販売場所/バーゼル、ベルン、チューリッヒなど
(写真キャプション&クレジット) 現在52歳のカリン・パコッツィ
Photo: Bodara

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

今月の人一覧