販売者に会いにゆく (旧・今月の人)

ドイツ・ハンブルク『ヒンツ&クンスト』販売者 ヨルグ・ペーターゼン

過去の経験、すべてに感謝。人として強くなれたから。半生を記した「本」をお客さんと出版

ドイツ・ハンブルク『ヒンツ&クンスト』販売者 ヨルグ・ペーターゼン

ヨルグ・ペーターゼン(49歳)はいつも朗らかだ。青い眼をしたこの『ヒンツ&クンスト』の販売者は、口元の笑い皺とともにいつも笑みをたたえている。これまでの人生は順風満帆とは言えないものだが、それでも彼からは楽観的な雰囲気が漂う。
ドイツ・ハンブルクの南に位置する町ヒットフェルトで彼から雑誌を購入する人ももちろん、ヨルグの笑顔に魅了されている。この地で雑誌を販売するようになってからもう8年、お客さんもまるで家族のように接してくれるという。数年前には、あるお客の助けでアパートの一室を借りることができた。そして今では、常連客のカリン・ブローズ(69歳)のおかげで本まで出版したのだ。二人の共著『空を見る……あのストリートがまだ頭をよぎるけれど』(未邦訳)は、カリンとヨルグが路上での生活や恥、生きのびること、そして希望や支援について記した本だ。
以前は教師をしていた著述家のカリンにとって、ヨルグとの時間はとても豊かだったという。「彼からは多くのことを学びました。ミスター・ペーターゼンは自分のペースを保って着実に執筆活動を続けていましたね」。カリンはヨルグのことを名前で呼ばず、尊敬を込めてこう呼んでいる。
ヨルグも続ける。「とてもやりがいのあるプロジェクトでした。特に自分の人生を記す時には、何度も紙を破り捨てて、書き直しましたよ」。そして、子ども時代のことを話し始めた。
彼の父はアルコール依存症で、とても暴力的だったという。「よくベルトや杖で叩かれました」と語るヨルグは、家でも学校でも常にプレッシャーに押し潰され、失敗への恐怖にさらされていた。「私は良い先生や祖母がいてくれたおかげで、なんとか気を保つことができましたが、ある程度年を重ねて家を出ました。出る必要があったのです」。顔からは、トレードマークの笑みは消えていた。
「初めはジルト島(※)のアイスクリーム屋さんで働きました。夜はビーチにある籐椅子で寝ました」とヨルグ。それから、営業職やベルリンのパブで働いたりもした。いつも住む場所は不安定で、誰かから又貸しされた部屋で暮らしていた。
ストレスの多いベルリンを離れ、ハンブルクに来たヨルグは郵便局で働き始めた。だが残業が続き、仕事の憂さを忘れるためにギャンブルにも手を出してしまった。「今では、とても後悔しています」と彼は言う。借金を重ね、住む場所を失い、自己破産をした。
その後『ヒンツ&クンスト』と出合ったヨルグは今、過去とも平穏な気持ちで向き合えているのだという。「過去のすべての経験に感謝しているんです。その一つひとつのおかげで、人として強くなれたのですから。この本も魂を込めて執筆したつもりです」

Text:Sybille Arendt, Hinz&Kunzt/INSP
※ ドイツ北部、デンマークとの国境付近にある北海の島で、観光名所となっている。
『ヒンツ&クンスト』
1冊の値段/2.2ユーロ(約260円)、そのうち1.1ユーロが販売者の収入に。
発行頻度/毎月
販売場所/ハンブルクとその周辺都市
(写真クレジット) Photo: Mauricio Bustamante

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

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