販売者に会いにゆく (旧・今月の人)

スイス『サプライズ』販売者 ラドミール

雑誌を使ったジャグリング、ダンス、スマイル 5年で3作、小説も書いた

スイス『サプライズ』販売者 ラドミール

生まれつき苦労の絶えない人生を送っています。私が生まれたのは紛争中の旧ユーゴスラビアで、生後間もなくは人工呼吸器の助けが必要でした。家族でスイスへと避難した後、育ったのはチューリッヒの近郊です。よそ者ゆえに周囲とうまくなじめず、気難しいところのある少年でしたが、自己主張せざるを得ない状況に置かれたことで強くもなれました。過去は過去と割り切り、今と未来を大切にしています。
最近はまた違った種類の悩みを抱えています。社会の構造や従うべきルールの数々に、疑問を感じるばかりなのです。労働市場や家庭内、友人同士の間にも差別はひそんでいて、その解消こそが真に重要なことではないでしょうか。私のような“周りと違う人”というのは、社会の価値観によって創り出されているだけだと思うのです。
『サプライズ』誌の販売が今の仕事です。バーゼル駅での販売を始めて1年が経ち、多くの方に覚えてもらえるまでになりました。雑誌の優れた点をアピールするという、よくある販売手法を採っているのですが、そのスタイルは一風変わったものかもしれません。誌面の内容を要約して話したり、『サプライズ』誌を使ったショーを披露するのです。宙を舞う雑誌のジャグリング(※)にダンス、そしてスマイル。けっこう評判もいいんですよ。
それに対する批判や、普通に売るべきだといった声もいろいろとありますが、販売者として多くの収入を得るには創意工夫が欠かせないというのが私の考えです。社会にうまく溶け込めない人の暮らしや住まいの支援となる、優れた仕組みをもつ雑誌。そんな雑誌を販売しているのですから、日々の努力は惜しめません。『サプライズ』誌の販売者がリスペクトを得られるような接客も心掛けていて、ここバーゼルの街においてはよい結果を生んでいると思います。
私は控えめな性格で物欲も少なく、収入のほとんどを家の生計に回しています。家族の役に立てるのはうれしい反面、頼られる責任から雑誌が売れない時はプレッシャーを感じます。高い目標を設定してしまうのが一因かもしれませんね。
将来の計画はいくつかあります。その一つは作家になることでしたが、実はもう叶えました。ここ5年で3作ほどの小説を書き上げました。出来に関してはまだ満足とは言えません。娯楽的で社会批評にもなっているような、想像力に富みながらディテールは細かく、複雑さと真実味を備えている……、それらすべてが詰まった作品を書くのが目標です。筆を執るのは自分のためで、本を世に出したいという気持ちはあまりありません。
書いていると、自分でも驚くような思いがけない発見がありますね。書き始めた当初は自身の創造性を疑っていましたが、杞憂でした。幼い頃から思索に時間を費やしてきましたから。
最近は執筆の依頼も引き受けています。お客さんに小説を書いていると話したところ、孫のために物語を書いてもらえないかと言われ引き受けてみました。どうなるか楽しみです。雑誌販売で手の空く時間が限られるため、執筆になかなか取り掛かれないのが唯一の問題ですね。

(Georg Gindely, Surprise / INSP)
※ 複数の物を空中に投げて取ることを、巧みに繰り返す技術

(人物写真キャプション・クレジット)
スイス・バーゼル中央駅で販売するラドミール、28歳
Photo: Matthias Willi

『サプライズ(SURPRISE)』
●1冊の値段/6スイスフラン(そのうち2.7スイスフランが販売者の収入に)
●発行回数/月2回 
●販売場所/バーゼル、ベルン、チューリッヒなど

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

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