販売者に会いにゆく (旧・今月の人)

松井潜介さん

いま活かされている、書道や浄瑠璃の経験 もっとプロらしい販売者になりたい

松井潜介さん

「僕の悪い癖で話が長くならないように、今日はメモを書いてきました」。松井潜介さん(56歳)はそう言って、準備してきた要約メモを片手に自らの半生を語ってくれた。
神戸に生まれ、高校卒業後、起業を夢見て流通・小売業界を転々としたこと、20年近く勤めた警備会社では行き場をなくして退職に至り、その間には結婚を考えた時期もあったことなど。松井さんはできるだけ簡潔に話そうとしたが、50余年の半生はとても数行の要約には収まらず、言葉はとめどなくあふれた。
「こんな話を聞くのは時間も惜しいかもしれないけど、幹部候補生のように思われていた時期もあった。その時に結婚を考えた人がいて、アパートも借りた。20年近く正社員で働きながら、僕の気が弱いのか、ただルーズなのか、仕事ができないだけなのかわからないけど、後輩の圧力に押しつぶされそうになって投げやりになってしまったんです」
決定的な出来事があったのは、仕事に身が入らず、バイトや契約の仕事を転々としていた時だ。父親が末期がんで急逝、2年後には母親も帰らぬ人となったのである。母親がパーキンソン病を患っていたことは後で知った。50歳の時だった。
「ウチは親戚もおらず、僕も一人っ子なのに、親の介護をしたわけでもなければ、独身で遊び呆けて借金もして……あきれるでしょ。それで、実家と自分のアパートを整理したら、やっぱりこんなふうにホームレスになるんだなぁって。でも、両親を亡くした寂しさはあったけど、不思議と開き直ったというか、将来の不安は感じなかった」
ビッグイシューの門を叩いたのは、西成でも仕事にあぶれ、生活保護を薦められたことにショックを受けたからだ。昔から本が好きで、社会情勢やサブカルにも関心があり、雑誌販売の仕事ならできると思った。昨年6月の登録後は梅田・桜橋や阪急石橋阪大前駅の売り場を経て、現在は梅田新道交差点南西角で販売。日々の売れ行きは苦戦しながらも、今は自分なりに工夫しながらお客さんと交流できるこの仕事に喜びを感じているという。
「僕は小学校の時から書道を習っていたので、お客さんにはせめてものお礼に自筆のお手紙を渡すようにしているんです。一筆箋に書いた簡単なものだけど、綺麗な字ですねって褒められることもあって、それが特にうれしいですね」
また、子ども時代には人形浄瑠璃の経験があるなど古典芸能への関心から、今夏にビッグイシュー販売者で結成された講談部にも所属。講談師の玉田玉秀斎さんの指導のもと、玉玉亭播秀(たまたまていばんしゅう)の名で稽古に励み、12月22日の「大阪ホームレス クリスマスパーティ」(※)での自作発表を目指している。
「書道も浄瑠璃も子どもの頃は怒られてばっかりだったけど、それがなぜかホームレスになってから活かされた。今はとにかく褒められることがうれしくて、楽しむ心を思い出させてくれたお客さんには本当に感謝の言葉しかありません」
今後のことについては、就職できればとの思いはあるものの、あまり多くは望んでいないという。
「とにかく今は雑誌の売上げを上げることが一番。就職とか老後のこととか、将来のことをもっとちゃんと考えた方がいいと言われるかもしれないけど、今は与えられたこの場所でがんばることだけで精いっぱい。自分ではお客さんとの対応がまだうまくできていないと思うので、もっとプロらしく、お客さんの立場に立って心地良く買っていただけるような販売者になりたいと思っています」

※第11回大阪ホームレスクリスマスパーティ概要
日 時:12月22日(日)18時半~20時半
場 所:大阪市中央公会堂
参加費:一般4000円 学生1000円
申し込み締め切り:12月19日
詳細はhttps://bigissue.or.jp

(写真キャプション)
梅田新道交差点南西角にて

(写真クレジット)
Photos:木下良洋

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

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