販売者に会いにゆく (旧・今月の人)

浜崎広幸さん

今度こそは、どこか田舎で自給自足の生活をしたい

浜崎広幸さん

平日はJR市ヶ谷駅前で、土日は、池袋駅西口で販売している浜崎広幸さん(53歳)は、今年の1月1日、池袋にある四畳半のアパートを出た。貯金が底をついて、12月分の家賃、3万2千円が払えなかったからだ。

昨年8月、4年間、週払いのアルバイトとして働いていた会社を辞めさせられた。2枚の広告板で身体を前後に挟む、いわゆるサンドイッチマンの仕事だ。はじめの2年間はまんが喫茶で夜を過ごして金を貯め、ようやくアパートに入って2年が過ぎたときのこと。

4年前は時給800円で仕事も毎日あり、1日10時間ほど休みなく働き、月に20万円稼いだこともあった。しかし、仕事が減って時給は700円に引き下げられ、月収も5、6万円に。クビになった昨年8月から暮れまでは貯金を切り崩して家賃を払っていたが、もう無理だった。「催促される前に出よう」と元日の寒さのなか、路上に戻った。

寒空の下、ぶらぶら歩いていると、「ビッグイシュー」の販売者に行き合った。雑誌の存在は、前の仕事をしているときに販売者を見て知っていた。

「やりたいんですけど、どうしたらできますかね」。「成りゆき」で声をかけ、1月18日から販売を始める。所持金は8000円だった。

「看板の仕事を辞めたとき80万円は貯金があったんですよ。それで今年の1月まで食いつないだの。パチンコをやっていなかったらもう少しもったかもしれないけどね」。3度の飯よりパチンコが好き。だが、冷静さは失わないで打つと決めているのは、パチンコ店の店員が長かったせいもある。

熊本県は天草に生まれた浜崎さんの家は、物心ついたときから「貧乏のどん底」だった。「小学校4、5年の頃、親父が怪我で2年間ほど入院していたときが一番苦しかったな。ダイナマイトで石を切り出すときに逃げ遅れて、飛んできた破片が頭に突き刺さったんだ」

母親は働き通しで家計を支え、6人兄妹の3番目だった浜崎さんは、幼い頃から飯炊きや鶏の世話に明け暮れた。早く家を出たいという思いもあり、中学校卒業後、大阪の左官屋で見習いとして働き始める。はめ込みパネルや吹き付け塗装が主流になり、漆喰の壁の需要は減っていく60年代末。仕事は先細りのように思えて、7年間働いて店を離れた。左官屋時代の楽しみは、先輩職人に連れられて10代で始めたパチンコ。親しみを持っていたので働いてみると性に合う仕事だとわかった。呼び込みも慣れると楽しかった。

パチンコ店のほか、中華料理店、土木工事などの仕事を転々としながら大阪で15年近くを過ごしたとき、「一度は東京へ行ってみよう」と思い立った。20代後半で遊びに来てみたのはいいが、金がなくなってキャバレーのボーイとして働き出す。

その後は、都内で寮のあるパチンコ店を渡り歩いた。人間関係に行き詰まって、さらによい条件を求めて辞めても、次の仕事はすぐに見つかった。「大阪と東京で通算100軒近くのパチンコ店で働いた」が、30代後半で辞めた店を最後に、パチンコ店で採用されることはなくなる。

「業界で金の持ち逃げが相次いで、採用の条件が厳しくなってね。身元の確かな“通い”の若い人ばかり採るようになったの。自分だって、何千万って、持ち逃げしようと思えばできたことも2度や3度じゃなかったけど……しなかったな。なんでかなぁ」

金は自分で稼いで残すもの。浜崎さんの姿勢は一貫している。だから、「金が残せそうな条件じゃないと辞めちゃう」のだが、「ちょっと金を残すと、少しのんびりしようかなって思って辞めちゃう」のを繰り返した。だから、女性との出会いのチャンスはあったが、幸せにできそうにないので結婚はしなかった。

今は、なじんだ池袋で路上生活をしている。1日平均20冊の売り上げでは、食事と入浴がやっと。夜はダンボールにくるまって店舗の軒先で眠る。都会の夏は寝苦しく、蚊にも悩まされる。騒がしくても、人通りのある所に寝泊まりしているのは、時々耳にする腹いせのような暴力を避けるため。「人目がまったくないのも危ないから」だ。

「これからのこと?もっと売りたいし、それに、もし仕事の話があればすぐにでも行きたいですよ。金が残る所で辛抱して働いて、今度こそは、どこか田舎で自給自足の生活をしたい。小さな畑を借りて、きゅうりとかさ、ピーマンとかなすびをつくって、釣りでもして、それでも足りない分は近所と物々交換したりして、のんびり暮らしたいね」。天草というのは、そんな生活にぴったりのところでは?

「山に畑、下に降りたら2分くらいで海なんだ。いいところだよ……思い出したら帰りたくなったな。でも今さら帰っても、石投げられるよ。親不孝ばっかしやってるし」

父親が亡くなったと聞いた。自分の居場所はここじゃないという思いも常にある。でも「金を残さないことには帰れないよ」。浜崎さんは、台風が来るたびに故郷が台風の通り道にあたってないか気にかけながら、再起をかけて路上に立つ。

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

この記事が掲載されている BIG ISSUE

35 号(2005/09/15発売) SOLD OUT

特集路上に出でよ。

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