販売者に会いにゆく (旧・今月の人)

尾藤二郎さん

街の本屋さんと同じ。 いつも同じ場所で決まった時間に開いていないといけない

尾藤二郎さん

 尾藤次郎さん(56歳)が立っているのは、学生の街・早稲田。お話をうかがった3月15日はちょうど、早稲田大学の卒業式の日だった。『ビッグイシュー』を売り始めたのは昨年2月。"常連さん"も増え、売り上げも少しずつ安定してきた。そんな"常連さん"の何人かは、この日卒業していく。
尾藤さんのモットーは、同じ場所に立ち続けること。学生の街なので、長期休暇や試験などで、売り上げが左右されることも多いが、安易に場所を動くことはしない。「朝8時から夜6時まで、早稲田駅近くに立つようにしています。暑い日も寒い日も、売れる時も売れない時も……それが一番大切なこと。行きがけに『買おうか、どうしようか』と迷っていた本を、帰りがけにやっぱり買ったっていう経験、誰にでもあるでしょう。私たちの仕事は、街の本屋さんと同じ。いつも同じ場所で決まった時間に開いていないといけない」と言う。

販売の工夫も欠かさない。自前のポスターを作ったり、アンケートを取ることもある。新しい号が出たら、端から端までしっかり読みこむ。「中身がわからない商品を売れないからねぇ。どんな内容の号なのか、お客さんに聞かれても説明できるようにしっかり読むようにしていますよ」
常連の学生さんから、さまざまな相談を受けることもある。「今は大変な時代。大学を出ていてもいつリストラに遭うか、会社が倒産するかわからないからね。将来を不安に思う学生さんも多い。いろんな仕事を転々として、失敗を重ねて、ようやくわかったのは、楽な仕事なんてないってこと。だから、どんなことでも全力でやるのが一番だと思うんですよ」

そんな尾藤さんは、元自衛官。十五年ほど勤め上げ、三等陸尉にまで昇進した。今も予備自衛官として登録し、年一回の訓練にも参加している。「親父が海軍にいたこともあって、最初は海上自衛隊にあこがれていたんですよ。でも5キロ泳げないと駄目だと言うので、陸上自衛隊に入りました」
浅間山荘事件にも召集され、銃撃戦を間近で目撃したこともある。「任官してすぐのころは、まだ学生運動が激しいころだったので、大変でした。任務でカンボジアに行ったこともあります。昇進試験にも挑戦して、少しずつ位が上がっていくのは嬉しかったけれど、そのたびに責任は重くなる……。決してミスが許されない仕事だからね、それが何よりつらかった」

そんなプレッシャーから、尾藤さんは自衛官を辞めてしまう。その後、運送業や飲食業、飛び込み営業など、さまざまな仕事を転々とする。「『ビッグイシュー』を売る前は、アルミ缶を拾っていたんです。1キロ拾って約70円。一日中ヘトヘトになるまでまわっても、2000円にもならない。それに比べたら今は夢のよう。自分の仕事をこんなにも誇りに思えたことってはじめてです」
人と接することができるのが、何よりの支えになっていると尾藤さんは言う。「風邪を引いたりして数日販売を休むだけで、心配して声をかけてくれる"常連さん"がいる。今だって決して楽ではないけれど、この仕事がおもしろくて仕方がないんですよ」

尾藤さんの日焼けした薬指には金の指輪が光っている。「これ……結婚指輪。といっても、もう女房とは10年以上会ってないよ。息子もいるんだけどね。若い時の子供だからね、もうとっくに成人してますよ」と照れくさそうに笑う。尾藤さんの奥さんも自衛官。尾藤さんが入院した自衛隊専門の病院で看護師として働いていた。一目惚れだった。「まだ彼女は学生だったからね、四年待ってやっと結婚できたんですよ。でもやっぱり人間、一人でいるのはよくないよね」と遠い目をする。

学生時代、陸上の選手だった尾藤さんは、今も毎朝走りこみを欠かさない。「階段を一歩一歩登っていくように、地道にやっていくことが大切なんだよね。売り上げが悪くて落ち込むこともあるけど、我慢強くやっていれば、いつか必ず芽が出ると信じているんですよ」
尾藤さんのロードレースはこれからも続いていく。

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

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