今月の人

『エチョ・エン・ブエノスアイレス』販売者、オラシオ

お金を管理できるのは自由を得られること 社会という大きな機械を、一緒に動かそう

『エチョ・エン・ブエノスアイレス』販売者、オラシオ

南米・アルゼンチンの都、ブエノスアイレスの美しい街に根づいたストリート誌、『エチョ・エン・ブエノスアイレス』。英語に訳せば「メイド・イン・ブエノスアイレス」という名前にふさわしく、綿密な取材に裏打ちされた、バラエティ豊かな記事を届けてきた。
アルゼンチンの独裁政権時代に“消えた”子どもたちと家族との再会を追った記事、自由な教育を求めるチリの学生運動のルポ、廃品を利用してクラシック音楽を演奏するパラグアイの子ども楽団……。こうした独自記事は、批評精神に富むブエノスアイレス市民からも一定の信頼を得ており、今年7月には、記念すべき創刊15周年を祝った。多くのファンをもつ若手販売者の一人、オラシオに、この雑誌への思いを聞いた。
「僕が『エチョ・エン・ブエノスアイレス(略称:HBA)』を売るようになって、もう3年以上が経つね。そもそもは、悩み事を抱えていた僕の友達が、HBAが開いているアートのワークショップに誘われて、それに僕もついて行ったのがきっかけだったんだ。雑誌のことは全然知らなかったんだけど、販売者として登録してみないかと声をかけられて、はじめはずいぶん迷ったよ。その当時、僕は長い間まともに仕事をしていなかったから」
 ホームレス状態になる前は、縫製工場で働いていたというオラシオ。「来る日も来る日も、長時間ミシンの前に座りっぱなしで仕事をしていて、すっかり身体を壊してしまったんだ」と言う。
「今は、素晴らしい日々を過ごしているよ。ストリートは、それ自体に大きな魅力があると僕は考えてる。たくさんの人たちが僕の販売している街角にやって来て、おしゃべりをしていくのさ」
 なぜ、オラシオのもとには、自然と人々が集まるのだろう?
「僕は、お客さんに『この雑誌を買わなければ!』なんて義務感を起こさせたくない。ただ、この仕事に誇りをもって立っているんだということを、みんなに示したいと思ってる」と彼は語る。
「おなじみのお客さんの中には、新号が出るとすぐに、必ず買いに来てくれる人たちがいる。売り手がホームレスだからという、それだけの理由で雑誌を買う人も確かにいるよ。でも、大多数の人たちは、その号に興味深い記事が載っているかどうか、しっかり確かめて買ってゆくんだ。それから、いつも冗談を言いながら買ってくれる人もいる。『なんだ、たったの20ペソかい? 信じられないな。ミルクの小瓶2本ぽっちの値段じゃないか!』ってね」
「これは僕の意見だけど、HBAの記事はとてもクオリティが高い。ゆったりとテーブルについて、ランチを食べながら読んだりするのに、理想的な雑誌だと思うよ」
「HBAにかかわるようになって、僕の人生は変わったよ。少しずつ、貯金ができるようになった。物事の先を見通せるようになったことは、とても大きな変化だった。自分自身でお金を管理できるというのは、自由を得られるということなんだ」
 すでに脱路上を果たしたオラシオ。今の望みは、「一日の終わりに、頭を休めてリラックスできる、自分だけの住みかを確保すること」だと言う。「それから、僕はまだ独身だけど、自分の家族をもつのが夢なんだ。きっといつかは、すべてを実現できると信じてる」
 最後にオラシオは、こんなメッセージを寄せた。
「親愛なる読者のみなさんへ。僕たちにはみなさんが必要です。みなさんが僕らを必要としてくれているように。社会という大きな機械を一緒に動かしてゆきましょう。そして、きしんで動きが悪い時は、ちょっぴり油をさしていきましょう。この雑誌を買っている人、売っている人、みんなに幸福が訪れますように!」

『Hecho en Buenos Aires』
1冊の値段:20アルゼンチンペソ(約270円)。そのうち10ペソが、販売者の収入に。
販売回数:月刊
販売場所:ブエノスアイレスと、その近郊

Photo: Felix Busso

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

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