販売者に会いにゆく (旧・今月の人)
米国、『コントリビューター』誌販売者、ギャリー・E
炎に追われ、3階の窓から飛び降りた。 10年後の今もホームレス。でも数ヵ月後には変わっていたい
多くのホームレスの人々が、ホームレスになった主なきっかけに健康問題を挙げている。ギャリー・Eもそんな一人だ。今、彼は収入を得るためにテネシー州ナッシュビルのストリートペーパー『コントリビューター』の販売をしている。
2005年のある日、ギャリーの家に火の手が上がった。逃げ出さなければと思ったが、煙が厚く立ち込め、炎は熱かった。3階の寝室から階下への道を照らそうとしたが、懐中電灯は役に立たなかった。窓枠にはめ込められたエアコンが、もう一つの脱出口を塞いでいた。「どうにも逃げ道が見つからなくて、もう死んだかと思いました」と、現在62歳のギャリーは語った。
結局、エアコンを窓枠から外し、彼は3階から地上へ飛び降りた。そして左半身に、重症度2度から3度の火傷を負った。直接炎に触れた覚えはなかったが、熱によるものだった。しかし、飛び降りた時に、もっと重大な問題が起こった。着地したのは、建物のメインエアコンと、その下のコンクリート基盤の上だったが、頭を打って歯を何本か折ってしまったのだ。この火事の後、ギャリーはホームレスになった。
米国では、個人が破産する原因の半分以上が医療費である。それに加え、不安定な住居に暮らす人々にとっては、治療環境や医薬品の保管場所も悩みの種だ。それでも、適切な手段さえ講じれば、健康問題でホームレスになることは回避できる。
スティーブ・ベルグ(「ホームレスをなくす会連合」副代表)は話す。「多くの場合、健康要因については、解決法がそこにあるので、ある意味で簡単なんです。問題は、人々がそれにアクセスできるかどうかです」
幸運にも、ギャリー・Eは医療にアクセスできた一人だった。地元の店で働いていたおかげで、健康保険に入っていたからだ。その保険で、火傷の治療費1万7000ドルの90%を賄うことができた。介護していた両親が所有していた家も、保険に入っていた。しかし、長い治療期間中に仕事を失い、その後も職を見つけるのは容易ではなかった。失業手当が打ち切られた時、家はまだ再建できていなかった。
「お金を稼ぐために、まともな仕事なら何でもしました」と、ギャリーは言う。ようやく家が再建できると、いったんは両親とともに戻ったのだが、親と諍いを起こしてしまい、再び路上に舞い戻った。病気を患っていた両親は、やがて相次いで亡くなったという。彼は今、不定期のアルバイトをしながら、『コントリビューター』の販売をして生計を立てている。 ギャリーは特別な例ではなく、多くの人たちが、自分がホームレスになった主な原因として健康問題を挙げている。それに、失業や貧困などの他の要因が合わさっていると答える人もいた。
13年に、オバマ大統領の肝いりで、米国でも国民皆保険制度がスタートした。それでも「全米地域保健センター協会」による14年の報告書によると、全米で約6200万人が、適切な初期治療へアクセスする術をもっていない。その主な原因は、特定地域における医師不足だ。つまり、医師の絶対数の不足ではなく、医療専門家が均一に配置されていないことからくる、需要と供給のミスマッチである。
「この国では、医療従事者をニーズに応じて配置していません。人口に応じてでもありません。市場経済では、報酬の高い所へ専門家が集まるのです」と、クレイグ・ケネディ(「十分なサービスを受けていない人々のための診療医協会(ACU)」の理事)は話す。
実は、初期医療にかかれない6200万人のうち80%が、何らかの保険に入っているのだ。新しい保険制度は、それまで保険に入っていなかった人々の多くの加入を助けたが、肝心の医療アクセスの不均衡を是正する上ではほとんど役立っていない。
炎が3階の窓からギャリーを放り投げてからほぼ10年後の今、彼はまだ、自分の足で着地できていない。「私はまだホームレスです。でも、数ヵ月後には変わっていたいと思っています」とギャリーは話している。
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