販売者に会いにゆく (旧・今月の人)
米国『Spare Change News』販売者、アレギア・ベンジャミン
一番幸せだと感じる時間は、「朝、目を開けて外を見やった時に、自分の顔に太陽の光が射す時かな」
アレギア・ベンジャミンは、世界で一番長くストリート紙を売り続けている販売者かもしれない。現在53歳の彼は、米国でも老舗のストリート紙『Spare Change News』の創刊から3ヵ月後に働き始め、以降ボストンの路上で22年間販売を行っている。
寒さの厳しい火曜日の午後、彼はポーター・スクエアにあるCVS薬局の外に立っていた。他の販売者たちは寒さから逃れようと駅構内で働いているが、彼は外が好きなんだと言う。彼にとって販売者として働くことの喜びの一つは、多くの人と出会えることだ。 大体1日40人ぐらいと会っているが、そのうち多くの人と友人や知り合いになり、またおしゃべりに立ち寄ってくれる人も多い。
時に彼は、自分のことを「路上の心理学者」のように感じることがあるという。「私はコミュニケーションを取ることを大切にしています。みんな太陽の下で、心をさらけ出し、いろんなことを話してくれますよ」
それから話は、ミズーリ州ファーガソンの、白人の警官が丸腰の10代の黒人青年を殺害した事件にとんだ。彼は、多くのコミュニティが一丸となって抗議を行ったことについて熱心に語った。
アレギアにとって、人種差別は他人事ではない。数週間前、母親の家があるケンブリッジから帰宅する途中、警官から容疑者と人相が似ていると言われて呼び止められた。その時は、本来市民を守ってくれるはずの警官たちを警戒したという。全国にいる数多くのアフリカ系アメリカ人男性は、みな似たような経験談をもっているという。
1960年代初期のアラバマに生まれたアレギア。「当時のアラバマは、アフリカ系アメリカ人の女性が10人の子どもを育てるのに決して容易な場所ではなかったね。でも母は、66年にボストンに引っ越すまで、その南部の地で僕らを立派に育ててくれたんだ」
彼の少年期は人種差別が横行し、公民権運動が展開された時代だった。母親が外出を怖がり、時に子どもたちを外に連れ出すのを渋っていたことを今でも覚えている。当時は白人女性が歩道を歩いていた場合、黒人男性は横によけ、追い越すこともできなかった。そんな時代だから、彼の最も尊敬する人物が母親だというのも理解できた。
子どもの時に母親がしっかり支えてくれたことに影響を受け、彼は自分も14歳の娘を同じように支えてあげたいと考えている。財政的な不安から生じるストレスが、人生の楽しみを奪うこともあると知っているから、娘にそういう心配を味わわせたくないのだ。それが強い動機となって、彼はボストンで週に7日、ストリート紙の販売を続けている。
アレギアに特定の「ヒーロー」はいないが、学問で成功を収めたアフリカ系アメリカ人で尊敬している人たちがいるという。思想家のコーネル・ウェスト教授(彼の授業を聴講したことも)やヘンリー・ルイス・ゲイツ(ハーバード大学アフリカ人及びアフリカ系アメリカ人研究 ハッチンスセンター所長)、そして社会学者のジュリアス・ウィルソンだ。アフリカ系アメリカ人で不可能といわれたものを成し遂げた人たち、特に教授になった人たちに魅力を感じるのだそうだ。
一方、自身の見識は独学と苦労して得た経験を通して培ったものだという。またケンブリッジ、ビーチ通りにあるホープ・フェローシップ教会にも通い、学びを得ている。
ストリート紙の販売の仕事を心から愛しているというアレギア。最後に、自分が一番幸せだと感じる時間について教えてくれた。「朝、目を開けて外を見やった時に、自分の顔に太陽の光が射す時かな。よりよい自分になるために、神様がまた新しい日を授けてくれたと思うんだ」
※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。
この記事が掲載されている BIG ISSUE
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